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 ある日電車に乗ると、乗客全員が下を向いてスマートフォンを操作していた。一瞬、違和感を覚えたが、すぐ慣れた。結局、自分もパソコンを取り出して原稿を書き始めたからだ。今や情報技術は空気のようなものになった。常に周りにあって気にならない。ほしい本はオンラインで買うし、出張の際のホテルの予約もインターネットでする。このコラムも、ウェブを通して読者に届けられている。もはや情報技術のない世界には戻れない。しかしここ数年、その負の側面にも注目が集まり始めた。そこにはESGの「S」、つまり新たな社会課題があるのではないか。それではESG投資は情報技術産業とどう向き合うのか。PRI in Personでの議論を手がかりに考えてみたい。

1.テクノロジーの利用者としてのESG投資

 以前のコラムでも紹介した通り、2018年9月12日から3日間、サンフランシスコでESG投資に関わる最大規模のシンポジウム、PRI in Personが開かれた。その2日目の午後に「テクノロジーは責任投資をどう形作るか」と題したセッションがあった。

 このセッションでは、主にテクノロジーの利用に焦点が当てられた。AIを使ったESG評価では、ロンドンに本拠を置くアラベスク社のS-Rayが有名だが、セッションに登壇したサステナリティクス社もやはりESGの調査にはAIを活用しているという。毎日5万件を超えるレポートや記事、文書などのビッグデータをAIが自動的に検索し、ESGに関連する4千件の情報を得る。それらの情報のマテリアリティをAIが判断し、順位付けをしてアナリストに提供するのだという。アラベスクと違うところは、最後は人間が評価していることである。

 同じセッションに登壇した世界最大の運用機関ブラックロックの株式運用チームもデータ収集に情報技術を使う。テクノロジーに依存することのリスクを問われると、逆にテクノロジーを使わないことのリスクの方が大きいと答えた。たとえば健康や製薬という分野だけでもWHOや各国政府が複雑で大量の情報を出している。テクノロジーを使わなければ、重要な情報を見落としたり、分析に時間がかかったりするおそれがある。最終的に情報を評価するアナリストやアセットマネージャーにテクノロジーを使いこなし、適切な分析を行うスキルが求められる。人間の発想力とテクノロジーの助けのバランスが大事だという意見だった。

 一方、個人顧客の開拓にテクノロジーを使ってはどうかという意見もあった。ミレニアル世代や女性を中心にサステナビリティに関する選好を持つ潜在的な顧客層が生まれている。たとえばジェンダー問題に興味がある人にはそれに関連するファンドを提供するなど、スマートコミュニケーションが顧客をつかむ機会になるというのである。

 このようにテクノロジーの発展はESG投資を促進し得る。だが逆にテクノロジーの利用やテクノロジー産業自体にESG課題はないだろうか。

2.テクノロジー産業のESG課題

 PRI in Personの3日目の午前に「テクノロジーセクターの社会的責任」と題したセッションに参加した。冒頭、モデレーターのマイケル・コナー(Michael Connor)氏は、「30年前に最初に買ったパソコンはアップルのMac SEで20メガバイトだったが、今やスマートフォンが120ギガバイトだ」とテクノロジーの進歩について語った上で、課題を列挙した。

 まずガバナンスである。巨大化した情報産業はどのように運営されているのか。彼らはアカウンタビリティを果たしているか。株主のことを考えているのか。言い換えれば、カリスマ的なCEOが会社を私物化しているということはないのか。

 次にプライバシーとデータ・セキュリティの問題がある。これらの企業が集めた私たちのデータはどのように扱われているのか。時にこれらのデータはハッカーの被害にあっている。しかし、それらの企業がデータを自社でコントロールしている時でさえ、データの使われ方が問題になる。たとえばソーシャルメディア上の個人データが不適切に扱われて選挙に影響を与えたり、差別的な投稿が憎しみの元になったりしている。

 AIはすでにさまざまな用途に使われ始めているが、アルゴリズムがバイアスを含む可能性があり、意図せざる差別が生じているかもしれない。さらにヒューマンキャピタルへの影響がある。前日の別のセッションでは、アマゾン社のドライバーに対する過酷な待遇がテーマになった。また子供たちが小さい頃からデジタル機器を使いすぎることが、彼らの脳や成長にどんな影響をもたらすのかもよくわかっていない。

 このようにテクノロジー産業に関しては多様な論点がある。中でもデータの使われ方は重要だ。フェイスブックのデータが政治コンサルティング企業ケンブリッジ・アナリティカに利用され、米国大統領選や英国のEU離脱に関する国民投票に影響を与えたとされる出来事は象徴的だった。これまでも、選挙結果や世論はマスメディアや広告の影響を受けてきただろう。だが、テクノロジーが進歩しすぎたことで、その影響力が格段に増した。私たちは自分の自由な意思で投票したと信じているが、実はそれがテクノロジーに誘導されたものだったとしたら、どうだろうか。そしてテクノロジーをより上手く利用した側が選挙に勝つとしたら?民主主義とは何かをもう一度考え直さなければならないかもしれない。

 利用者の興味や志向を読み取ってそれにあった記事を配信するというアルゴリズムが、社会の分断を助長する傾向も見過ごせない。ニューヨーク大学スターン経営大学院教授のスコット・ギャロウェイは著書『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』の中でこう述べている。「いちばんクリックされやすいのは対立と怒りを煽るものだ。クリックされればその投稿のヒット率が上がり、グーグルとフェイスブックの両方でランキングが上昇する。それでさらにクリックとシェアが増える。(中略)そして人々の間の断裂はさらに深くなる。」

 同書にはまた次のような指摘もある。「インテルは時価総額1650億ドル、従業員数は10万7000人だ。それに比べてフェイスブックは時価総額4480億ドル、従業員数は1万7000人に過ぎない。私たちはあれだけの大企業ならたくさんの雇用を生み出していると思ってしまうが、実は違う。そこにあるのは報酬が高い仕事が少しだけで、それにあぶれた人が残り物をめぐって争っている」

 『ホモ・デウス』を書いた歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリも、AIの発展によって社会が一部のエリートと多数の無用者階級に分断されると説く。つまりテクノロジー産業は経済的不平等の問題とも関わっている。

3.信用スコアが提起する論点

 コナー氏の問題提起に続いて、パネルでは登壇者がそれぞれの視点からテクノロジー産業の課題について語った。最初に取り上げられたのは、中国の社会信用システムである。

 最近日本でも話題になり始めたが、中国政府は2020年までに国民一人一人の社会信用スコアを算出するシステムの運用を始める計画だと言われる。必ずしもその全貌が明らかになっているわけではないが、登壇したMFSインベストメントマネジメントのプージャ・ダフタレイ(Pooja Daftary)氏によれば、スコアの計算は、部分的には、税金を期限までに納めたかどうか、ローンをきちんと返済したか、などの客観的なデータに基づくという。その種の信用情報であれば、日本や欧米の金融機関でも追加融資の際などに利用している。

 だが、と彼女は言う。中国の社会信用スコアの計算は、それに加えて、ある種不透明なデータが加味されるようだ。たとえば宗教や政治団体への所属、ゲームに何時間費やしたか、インターネットを通じて何を買ったか、などだという。そしてスコアが高くなれば、よりよい教育や病院、低利融資などの恩恵を受けられる。逆にスコアが低ければ、それらの機会が制限される。こうして国民の行動を模範的な方向へと誘導しようという意図があるらしい。アリババをはじめとする中国の巨大情報産業のデータが活用される。

 彼女による以上の説明がどこまで正確かはわからない。ただ、膨大なデータをこのように利用できる可能性があることは事実だろう。そこにはプライバシーの問題があり、政府に都合の悪い言動はスコアの低下を通じて圧迫できるという意味で人権問題をはらんでいる。「怖いな」というのが素朴な感想ではないだろうか。ジョージ・オーウェルが小説『1984』で描いた究極の管理社会だという論評が多いのもよくわかる。少数民族への迫害が伝えられるだけになおさらである。

 では、同じことを民間企業がするとしたら、どうだろうか。すでにアリババグループでは、ウェブでの買い物やアリペイという決済サービスの利用などの情報を基に各人のスコアを算出する、芝麻信用というスコアリングシステムがある。スコアが高ければローンが借りやすくなるなどの特典がある。もし、高いスコアを見せることで見合い相手が見つかりやすいなどの効果があるとすれば、人々は高いスコアを得ようと、基準にあった行動を進んでとるようになるかもしれない。

 だったら、SNSで差別的な投稿をしたら点数を下げるといった仕組みにしてはどうか、などとつい考えたくなるが、それは容易に言論統制に転化する。

 問題は以下のようなことである。たしかに社会には一定の規範が必要だ。そして信用スコアは、人々を規範に従わせる力をもち得るかもしれない。だが、規範を強制する力は一種の権力である。その力を誰が持ち、どのようにコントロールすべきなのか。

 公権力をもつ政府が運営する信用スコアと民間企業のそれとを同列には論じられないかもしれない。だが、民間企業がその力を持つとしたら、それもまた怖いと思わないだろうか。これに対応するための簡単な処方箋があるわけではないが、鍵になるのはガバナンスと透明性だろう。日本でもソフトバンクに続き、NTTドコモやLINEが信用スコア事業に参入すると報じられた。日本のESG投資はどう向き合うのか。その見識が問われることになる。

4.動き始めた投資家たち

 情報技術産業を巡ってはすでにさまざまな動きがある。EUでは、2016年に採択された一般データ保護規則(General Data Protection Regulation: GDPR)が2018年5月に施行され、個人データの処理や移転に厳しい規制が課された。さらに欧州委員会がAIの倫理指針を策定すると伝えられ、日本政府もAIに関する原則を策定すると報じられた。

 投資家も動き始めた。2018年1月、米国の有力な公的年金の1つであるカリフォルニア州教職員退職年金基金(CalSTRS)が、イベント・ドリブン戦略を主とするヘッジファンドのJANAパートナーズと共同で、アップルに対して公開の要請文(open letter)を送った。その内容は、子供たちのスマートフォンやタブレットの使い過ぎに対して、一層の対応を求めるものである。

 彼らは、たとえば「電子機器を1日3時間以上使う10代の子供は、1時間以下の子に比べて35%、5時間以上の使用では71%も自殺のリスクが高くなる」、「調査した2300人の教師のうち67%が、集中できない子供の数が増えていると答えた」など、電子機器の使い過ぎが子供たちに負の影響をもたらしているとする多くの調査結果を示し、アップルに、親が子供の電子機器の使用時間をコントロールできるようなもっと多くの手段や選択肢を提供すべきだと提言した。そうすることで、アップルは、再びパイオニアとしての役割を果たすことができるというのである。同社を世界で最も価値のある会社に押し上げたのは革新を生む精神(innovative spirit)であり、今、この問題に取り組むことが企業の長期的な価値を高めることになると主張している。

 PRI in Personの「テクノロジーセクターの社会的責任」のセッションでは、米国のボストンに本拠を置くトリリウム・アセットマネジメントのジョナス・クロン(Jonas Kron)氏が、フェイスブックに対する株主提案について話した。トリリウム・アセットマネジメントと言えば、米国の責任投資の連合体であるCERES(セリーズ)を創設した故ジョアン・バーバリア(Joan Bavaria)氏が設立した運用会社(当初の社名はフランクリン・リサーチ・アンド・デベロップメント)で、責任投資の分野では老舗の1つである。

 彼らはフェイスブックの2018年の株主総会で、同社の取締役会にリスク監視委員会を設置すべきとの株主提案を行った。前述のケンブリッジ・アナリティカ問題など、多くの不祥事が立て続けに起きているためである。この提案は株主総会で11.55%の賛成を得た。同社の株主には創業者のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏をはじめ、同社役員が多いため、それを除いた外部株主の中では45%の賛成だったという。

 トリリウム・アセットマネジメントはさらに、2019年の株主総会に向けて、フェイスブックのCEOと取締役会会長の役割を分離し、会長には外部人材をあてるよう、新たな株主提案を提起した。この提案にはイリノイ州、ロードアイランド州、ペンシルベニア州、ニューヨーク市が賛同し、共同提案者に名を連ねた。

 このように海外のESG投資はテクノロジー産業のあり方を重要なESG課題として位置づけ始めた。日本のESG投資も対応を考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
 

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QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛