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本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。
 

 ハーバード大学の気候科学者ジェームズ・アンダーソン(James Anderson)氏の説によると、地球を救うための時間はあと5年しか残されていないことになる。受賞歴のある同氏は2018年1月、「北極圏の永久凍土が2022年以降も残っている確率は事実上ゼロになるだろう」と警告した。そして人類に残された唯一の選択肢は、第二次大戦後に発展してきた産業の在り方を世界規模で見直すことであると訴えている。

 世界の大手投資家が温室効果ガス排出量の多い大企業に気候変動の対応を働きかけるため2017年に発足した「Climate Action 100+イニシアチブ(CA100+)」も活動期間を5年に設定している。CA100+の議長を務め、米年金基金カルパースのサステナビリティ投資ディレクターであるアン・シンプソン(Anne Simpson)氏は、「世の中では『地球は絶望的な状況にある。ではどうすればいいのか』という声が挙がっている。今まさに起こすべき行動が CA100+なのである。投資家は企業の集団的オーナーであり、企業は二酸化炭素の最大の排出源であると同時に気候変動対策の最大の供給源であることを確信しているなら、いまこそ本気で取り組むべきである」と述べている。やるべき事は山積している。CA100+の署名機関投資家は現在300弱、運用資産総額は30兆ドルである。メンバーは株主投資家および債券投資家で、多くはその両方を保有している。イニシアチブが掲げる目標は以下の3つである。

①    企業による気候関連リスクおよび機会の管理向上
②    バリューチェーン全体における二酸化炭素排出量の削減
③    気候関連財務情報開示の強化

 エンゲージメント対象となる最初の100社は、発足メンバーであるCeres、PRI、気候変動対策を求める機関投資家団体(IGCC)、欧州のIIGCC、アジアのIGCCが主導して選定した。「エンゲージメント対象企業は、極めて系統的かつ定量的な方法で選ばれた」と、HSBCグローバル・アセットマネジメントのRIディレクターでCA100+のメンバーでもあるステファニー・マイヤー(Stephanie Maier)氏は説明する。具体的には、国際NGOのCDPを通じて開示された排出量データ(Scope1、2、3)に基づき、MSCI ACWIインデックスの構成銘柄の中から温室効果ガス排出量が最も大きい100社に対象を絞り込まれた。これらの対象企業にそれぞれ1~2の「リード」投資家(当該地域での投資経験が豊かな投資家)を割り当て、担当者が対象企業の年次株主総会に実際に出席する。その他の「サポート役」の投資家は担当する企業のリサーチ、分析および前回の年次株主総会からの継続的なエンゲージメント活動が巧くかみ合うよう支援する。皮肉なことに、CA100+は企業の情報開示を重視しているにもかかわらず、自らが決めた「リード」投資家と「サポート役」の投資家の実名は明らかにしていない。「我々は非常に多くの時間を費やして、これらの原則とプロセスを策定した」とシンプソン氏は述べ、それには投資家の構成だけでなくCA100+の運営委員会、意思決定に関する覚書、半年ごとの進捗報告書、投資家が自らの取り組みについて情報開示や調整を行うためのポータル(今後立ち上げる予定)も含まれると説明した。

 同イニシアチブの規模は大きいが、著名な機関投資家のいくつかはまだ参加していない。ブラックロック、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)といった巨大投資家はここ数年ESGをめぐる議論を主導する存在となっているが、CA100+には参加していない。ブラックロックはCA100+に参加していない理由について、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のメンバーであり、気候関連財務情報の開示や気候関連リスクについてCA100+の対象企業を上回る数の企業に対してエンゲージメント活動を行っているため」と述べている。同じくステート・ストリートも「独自のスチュワードシップ・プログラムを通じて、既にCA100+の対象リストに載っている企業の大部分にエンゲージメント活動を行っている。気候変動は、CA100+が高排出量セクターと見なすセクターだけでなく、全てのセクターに共通するエンゲージメントのテーマであるべきだ」とコメントしている。GPIFはその規模と日本市場における影響力の大きさから、エンゲージメント活動をめぐる法的な制約があり、CA100+には参加できない。

 当初の期待と大きく異なっているのは、投資家リストだけにとどまらない。「100社」のリストが発表された際、NGOのPreventable Surprisesは「エネルギー公益事業会社を著しくアンダーウェイト」する評価メソドロジーを批判し、同NGOのシニアアドバイザーのキャロライン・ヘイマン(Carolyn Hayman)氏は「容易に達成可能な温室効果ガス削減目標を掲げている」と指摘した。「有効なアセットアロケーションを行うためにはデータのほかに優れた投資信条の裏づけが必要であるように、ここでもデータに加えてより戦略的なスチュワードシップのアプローチが欠かせない」とヘイマン氏は結論づけている。CA100+の場合、2018年6月に「プラス(+)」の部分に当たる追加エンゲージメント対象企業を発表した。「脱炭素化に向けて中心的な役割を果たす企業を標的にするためには、対象企業を追加する必要があることもわかっていた。というのは、地域の脱炭素化にとって重要な役割を担っている企業、物理的な気候関連リスクの影響を特に受けやすい企業、自社製品が大きなビジネスチャンスにつながる企業があっても、これらは定量的アプローチで選出した100社のリストには含まれないからだ」とシンプソン氏は述べている。

 「プラス(+)」リストに名を連ねる企業は、データではなく投資家によって選出された。メンバーが挙げた候補企業がグループ全体で承認され、地理的なバランスが維持されるよう特に配慮された。CA100+リストに含まれる合計161社は、全て年次ベースの見直し対象となる。イニシアチブが設定した目標を達成した企業はエンゲージメント対象から外し、他の企業に対象を広げることもある」とHSBCのマイヤー氏は述べている。CA100+の対象リストはアセットクラス、地域、目標および運用資産額のいずれにおいても多様化している。CA100+はその規模、精巧さ、熱意からみて、より巧妙で統合された強いスチュワードシップのアプローチであり、「ESGエンゲージメント2.0」と言える。だが、実際にイニシアチブは機能しているのか?シンプソン氏は、リストが存在するだけで市場に影響を与えると述べ、「もし、リード投資家から自社が対象企業リストに載っていることを知らせる手紙が来たらどうだろう。しかも彼らの運用資産総額は30兆ドルに上る。ほとんどの企業は『確かに、自社は二酸化炭素を多く排出している。では、対象リストから外れるにはどうすればよいのか』と質問するだろう」と指摘する。

 CA100+は、初めて行った半年ごとの見直しで既に具体的な変化が見られたとしている。それによると、対象企業のうちTCFDの設定目標を支持する企業の数は3倍に増え、TCFDの提言支持を既に正式表明しているか、その実現を約束している企業は全体の18%を占める。また、科学的根拠のある二酸化炭素排出量の削減目標(SBT)または2030年以降の長期目標を設定したか、設定することを約束した企業は22%に上るとしている。一方、これに納得していない向きもある。CA100+の活動は「物足りない」という声もあれば、「『プラス』リストをみる限り、イニシアチブのメンバーは気候関連のシステミック・リスクを解決することより、投資家が選んだ企業に働きかけることや気候変動がもたらす機会を重視したエンゲージメントを通じて『手っ取り早く成果を上げる』ことに関心があるようだ」とする声も聞かれる。

 今年の株主総会シーズンには、CA100+の対象企業の1つであるロイヤル・ダッチ・シェルの年次総会で、パリ協定に沿った二酸化炭素排出量削減目標の策定を求める株主提案が提出された。これをCA100+の真価が試される絶好の機会と捉える向きは多かったが、実際には同議案は前年を下回る賛成票しか得られなかった。CA100+のメンバーの票は賛成、反対、棄権の3つに割れた。ある市場関係者は「CA100+署名機関による議決権行使は組織的な統制がとれていない上、エンゲージメント活動も限定的だった。対象企業に2℃目標への準拠を促すとするCA100+の目標は株主提案の内容と合致していたはずだ」と指摘した。シンプソン氏とメイヤー氏は、イニシアチブはメンバーに投票内容を指示できる立場にはないと口を揃える。「我々は明確な立場を示さなかったものの、シェルとエンゲージメントしてきた投資家グループは年次総会で発表した声明の内容を明らかにした。それは、自らの見解や決議の経緯を記したものだ」とメイヤー氏は述べている。既出の市場関係者は、「今回のことはCA100+が『いまだ土台作り』の段階にあることを示しており、来年の株主総会シーズンまでにステップアップしていることを期待したい」と述べている。「だが同イニシアチブは5年間の期限付きであるため、手探り状態のまま1年が過ぎてしまったことは懸念せざるを得ない。彼らはそろそろ有意義な行動を示す必要がある。例えば、株主総会議案の提出、立場の表明、監査報告書への反対投票などである」と付け加えた。

 懸念材料はほかにもある。CA100+が発表した、ベンチマーク(対象企業の進捗状況の評価ツール)の開発をサポートしてくれるデータプロバイダー向けのRFP(提案依頼書)の内容は、「CA100+のベンチマーク開発用データを提供するのに必要なコストを賄える十分な予算がないため、無償または既存の資金源を使って作成した提案が強く奨励される」というものであった。ある業界関係者は、「総額30兆ドルもの資産を運用する300近い機関投資家が、税金および寄付金を使って、あるいは無償で作成されたデータを利用することは考えにくい」と述べている。別の関係者は、この分野に特化していない大手データプロバイダーが極めて有利になると指摘する。また、情報の対価の支払いを渋る姿勢を見せたことで「署名機関投資家がベンチマークを利用しようとせず、活用事例も明確に示されないまま、取り組み自体が無意味になりかねない」とする声もある。

 PRIは、CA100+の運営委員会は「機関投資家が無料でアクセスして利用できるリソースは既に十分にあり、さらに多くの財務情報が共有されればエンゲージメント活動の連携がしやすくなる。また対象企業を評価するベンチマークの候補ツールのいくつか―例えばTransition Pathway Initiativeなど―は、既にCA100+に参加する投資家から資金を調達している。英シンクタンクのCarbon Trackerをはじめとする多くのグループに資金提供している財団は、自らが提供した研究資金をCA100+の支援に役立ててほしいと考えている。これは効率性の問題で、既存のベンチマークとの重複が避けられる」と述べた。CA100+は現在データプロバイダーと最終合意に向けた交渉中で、2018年9月には提携先を発表する予定である。

 CA100+の使命は100を超える大手企業に二酸化炭素排出量の削減、TCFD提言への準拠、2022年までの正式な気候関連戦略の策定を促すことにあり、今後4年間にやるべきことが山積していることは明らかだ。「ただし、投資家にとっては結果が全てである。従って、それらが実践されていなければ、株主総会で会社提案議案に反対票を投じるまでだ。イニシアチブの名称を『Climate Talking(気候変動に関する議論)』や『Climate Pondering(気候変動に関する考察)』ではなく、『Climate Action(気候変動に関するアクション)』としたのはそれなりの理由がある」とシンプソン氏は話している。
 


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【参照】
Responsible Investor, Sophie Robinson-Tillett「ClimateAction100+: Engagement 2.0?」2018年8月7日(2018年9月4日情報取得)


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