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 2017年には、企業の情報開示をめぐって重要な動きがいくつかあった。まず、金融安定理事会(FSB)傘下の気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD)が提言を公表した。また、欧州委員会(European Commission)も非財務報告に関するガイドラインを公表した。こちらは、2014年の「非財務及び多様性情報の開示に関するEU指令」で従業員数500人以上の企業に義務付けた非財務ステートメントの記載に関するガイドラインである。日本企業には直接関係しないが、欧州では非財務情報開示の内容を方向づける指針が、また1つ加わったことになる。一方でESG投資がますます活発化し、ESG情報に対する投資家のニーズも一層高まってきた。これらのことは、今後のESG情報開示の方向に一定の影響を持つだろう。それではESG情報開示はどこに向かうのか、これらの動向が示唆する将来の可能性について考えてみたい。

1.TCFDの提言の重要性

 TCFDの提言の特徴は、①主流の財務報告(mainstream financial filings)の中での開示を求めたこと、②シナリオ分析の採用を提唱したこと、③金融セクターにも開示を求めたことなどである。これは、いわゆる「非財務情報開示」の転換点となるかもしれない。金融安定理事会という世界の金融政策の中核に位置する組織が、財務報告の中での開示を求めたものだからである。ESG課題の1つである気候変動問題が財務的にも重要であることが公式に認められ、それは財務報告の対象となると明言されたのである。

 「非財務」情報開示という言い方も再考する必要があるかもしれない。TCFDによれば、気候変動に関わる情報は「非財務」ではなく、投資家が意思決定の際に考慮すべき情報であり、まさに「財務」的に重要な情報なのである。この点からは、ESG情報開示の財務報告化という方向が見えてくる。

 なお、財務報告と財務会計の違いには注意が必要である。財務報告とはファイナンシャル・レポーティング(Financial Reporting)の訳で、ファイナンス(資金調達)のための情報開示全般を指す。日本で主流の財務報告と言えば、有価証券報告書ということになるだろう。一方、財務会計はもちろんファイナンシャル・アカウンティングの訳で、貸借対照表、損益計算書を中心とする体系化された貨幣情報である。財務会計には明確な基準があり、基準に合致する項目は計上しなければならないし、基準に合わない項目を計上することはできない。財務会計は財務報告の中核的な要素の1つだが、財務報告はそれだけでなく、記述情報も含む。

 仮に、気候変動のリスクを財務会計に反映するとすれば、当期の利益の計算に関わる可能性があるが、TCFDの提言はそこまで求めるものではなく、基本的には記述情報での開示を求めている。ただし提言は、会計との関係にも言及している。気候リスクが顕在化すれば資産の減損(資産価値の切り下げ)等を検討する必要が出てくるかもしれないからである。

2.ESG情報開示の共通項

 ESG情報の財務報告化は、開示項目の面にも現れている。表1は、TCFDの提言と欧州委員会のガイドラインに加え、イギリスの会社法が定める戦略報告書(Strategic Report)のガイダンスと、国際統合報告評議会(IIRC)が2013年に公表した国際統合報告フレームワークの開示項目を一覧にしたものである。

 これを見ると、求められる開示項目が共通化しつつあることがわかるだろう。たとえば「ビジネスモデル」という項目はTCFDを除く3つの指針に共通している。「戦略」という項目もEUのガイドラインを除く3つが取り上げている。IIRCとTCFDは共にガバナンスの記述を求めており、「リスクと機会」「リスクと不確実性」「リスクマネジメント」など表現は少しずつ異なるが、全ての指針が事業におけるリスク認識に関する記載を要請している。要約すれば、自社のビジネスモデルを前提に重要なESG課題とそのリスクを特定し、それに対する対応を戦略の中にどう取り込んでいるのかを説明せよ、ということであろう。

 このような傾向は、ESG課題が事業そのものと密接に関わるようになってきた現実を反映している。ESGの観点から事業を見直す必要に迫られたり、ESGへの対応が事業収益に影響したりするケースも増えてきた。今までのように本丸としての事業をそのままに、その周辺で、コンプライアンスや環境マネジメントをしっかりするというだけでは足りないということである。そのことが、ESG情報開示の中でビジネスモデルと戦略の記載を求めるという方向を生んでいる。そのような変化は、TCFDの提言が象徴するように、気候変動に関して最も先鋭的に現れているが、他のESG課題でも同様だろう。

3.ユニバーサルオーナーの視点

 ESG情報開示のこのようなトレンドは、読み手の変化と表裏一体である。ESG要因が企業の経営上のリスクや機会として認識されるようになり、投資家がESG情報の利用者として立ち現れてきた。ESG投資の拡大はその現れである。

 しかし、ESG投資の影響は、単に投資先企業のリスクと機会に関わるESG要因に注目を集めるだけにとどまらない。ESG投資自体の概念も発展しつつあるからである。その点で重要なのは、ユニバーサルオーナーという考え方である。

 ユニバーサルオーナーとは、巨額の資金を擁し、幅広い企業に分散投資する結果、事実上、市場に存在するほとんど全ての銘柄に投資するような投資家を意味する。そのような投資家にとって、個々の投資先企業の株価や業績に一喜一憂することにはあまり意味がない。むしろ重要なことは、ESG要因が経済全体に与える負の外部性をいかに削減するかにある。彼らは、いわば経済全体に投資しているようなものだからである。たとえば世界が2℃目標の実現に失敗し、洪水が頻発したり、農業生産が打撃を受けたりして経済全体が低迷したときに、ユニバーサルオーナーのポートフォリオだけを無傷で守ることは難しい。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やノルウェー政府年金基金など、世界の巨大なアセットオーナーほどESG投資に熱心に取り組んでいる背景には、そのような事情がある。

 ユニバーサルオーナーの関心がその点にあるとすれば、ESG投資が求める情報も、ESG要因が企業価値に直接関わる部分だけでなく、負の外部性に関わる側面にまで及ぶことになる。したがってユニバーサルオーナーを前提にすると、投資家向けのESG情報開示であっても、企業価値に直接影響する範囲を超えて広がり得ると考えられる。企業価値への影響とともに負の外部性も考慮するというユニバーサルオーナーの立場は、企業価値の創造と自然資本や社会・関係資本への影響を結び付けて報告する統合報告の考え方とも整合する。

 4.意思決定有用性からアカウンタビリティへ

 ESG投資は方法論の面でも発展しつつある。中でも株式のESG投資に関しては、ESG情報を投資先の評価と選別に反映させるスクリーニングやインテグレーションから、株主として経営に働きかけるエンゲージメントへと広がっている。このことも、ESG情報開示の将来を考える上で考慮すべき要素の1つであろう。

 本来、経営者が情報を開示すべきだとする論理の根幹には、アカウンタビリティという考え方があった。株主から委託を受けて経営する経営者は、どのような経営判断の結果、どのような成果を上げたのかを株主に報告する義務がある。これがアカウンタビリティの考え方である。

 だが現在の財務報告の目的は、一般に、投資家の意思決定に役立つ情報を提供することだと考えられている。これは、アメリカ会計学会が1966年に公表した「基礎的会計理論に関する報告書(A Statement of Basic Accounting Theory: ASOBAT)」を機に一般化した考え方である。その結果、現在ではESG情報の開示に関しても、意思決定に役立つ情報であるべきだという理解が一般的であると思われる。それは、具体的にはESG評価に役立つ情報ということになる。

 アクティブ運用にとっては評価に役立つ情報が必要だし、パッシブ運用であっても、ESG評価を反映したESG指数などの方法もあるので、意思決定に役立つ情報の重要性は今後もなくならないだろう。しかし、他方で、ユニバーサルオーナーの場合には、長期保有を前提に、エンゲージメントを通じて経営行動を改善し、負の外部性を削減することで市場全体の底上げを図ることも必要になる。それを継続的に行うには、エンゲージメントの成果を測る情報が必要ではないか。経営者の側から言えば、ESG課題に関してアカウンタビリティを果たす情報である。

 意思決定に役立つESG情報とアカウンタビリティを果たすためのESG情報が同じなのか、違うのかは、必ずしも明らかではない。しかし、ESGに関するガバナンスとエンゲージメントと情報開示の関係は、今後の重要な論点の1つになるものと思われる。

5.まとめ

 ESG情報開示の将来像を現時点で具体的に言い当てることは困難である。しかし、ESG投資の進展が2種類の異なる影響を生みそうだということは見えてきた。1つはESG課題が財務的にも重要になることに伴う財務報告化という流れである。もう1つはユニバーサルオーナーの立場から負の外部性を問題視し、エンゲージメントを強化することの影響である。そしてその両方に関わるのが、ビジネスモデルや戦略への関心ではないだろうか。少なくとも、今後、ビジネスモデルや戦略のレベルでESG課題に取り組んでいくことの重要性は変わらないだろう。

表1:主要な非財務情報開示指針の開示項目

IIRC
「国際統合報告フレームワーク」

英国FRC
「戦略報告書ガイダンス」

EU
「非財務報告ガイドライン」

TCFDによる提言

  1. 組織の概要と外部環境
  2. ガバナンス
  3. ビジネスモデル
  4. リスクと機会
  5. 戦略と資源配分
  6. パフォーマンス
  7. 将来見通し
  8. 作成と表示の基礎
  9. 全般的な報告に関するガイダンス
  1. 戦略と目的
  2. ビジネスモデル
  3. 事業環境のトレンドと影響要因
  4. 主要なリスクと不確実性
  5. 環境問題、従業員、社会、コミュニティ、人権問題
  6. 財政状態と経営成績の分析
  7. 主要業績指標(KPI)
  8. 従業員の性別の多様性
  1. ビジネスモデル
  2. 方針とデューデリジェンス
  3. 成果(Outcome)
  4. 主要なリスクとそのマネジメント
  5. 主要業績指標(KPI)
  6. 課題別側面
    i.   環境問題
    ii. 社会/従業員問題
    iii. 人権尊重
    iv. 腐敗防止
    v. その他
  1. ガバナンス
  2. 戦略
  3. リスクマネジメント
  4. 指標と目標

出所:IIRC(2013) International Integrated Reporting Framework, Financial Reporting Council(2014) Guidance on the Strategic Report, European Commission(2017) Guidelines on non-financial reporting, TCFD(2017) Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures を基に筆者作成。


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛