アブラヤシの画像

 2017年5月、ノルウェーのNGOであるレインフォレスト基金から『泥炭地のために - パーム油バイオディーゼル消費が気候変動に与える影響の理解』と題した報告書が公表された。パーム油を原料にしたバイオ燃料は、気候変動防止の観点から化石燃料よりよいと思われがちだが、実は何倍も悪い、というのである。日本でもパーム油を発電に使おうという動きがある。パーム油発電と聞いて「バイオマス発電だからよいことだ」と思うか、それとも「パーム油を使って大丈夫か?」と思うか。ESGに対する感度が問われるのではないだろうか。

1.パーム油を巡る問題群

 パーム油とは、アブラヤシの実から採れる植物油である。チョコレート菓子やクッキー、インスタントラーメンなど、多くの食品に「植物油脂」や「ショートニング」という原材料名で使われている。食品以外にも石鹸や化粧品など、幅広い用途がある。そのため一部の先進的な食品メーカーや化粧品メーカーは、すでにパーム油の問題性を理解し、取り組みを始めている。だが、多くの人にとって、パーム油問題はまだそれほど身近ではないかもしれない。

 アブラヤシの実は、ピンポン玉よりすこし小さいくらいの大きさで、これが集まって大きな房を作っている。果実の中心には殻(核と呼ぶ)に包まれた種子があり、その種子の部分から採れるものをパーム核油、周りの果肉から採れるものをパーム油という。アブラヤシは熱帯でしか育たないので、パーム油生産も熱帯に集中する。現在、インドネシアとマレーシアで世界の生産量の85%を占めると言われる。問題は、アブラヤシのプランテーションのために熱帯林が伐採される危険があることである。また、熱帯林には、枯死した樹木や落ち葉などが水中に堆積したまま分解されずに残っている「泥炭地(peatland)」と呼ばれる場所があり、ここが開発されると大量のCO2やメタンが放出されるほか、森林火災のリスクも高まる。

 CDPのフォレスト・プログラムでは木材、畜産品(牛)、大豆と並び、パーム油の生産や調達を主要な調査項目としている。この4品目が森林減少原因の8割を占めるという。熱帯林が伐採されればそこに住む希少な生物種の住処が奪われる。また、森林減少は世界の温室効果ガス排出原因のおよそ15%を占めるとも言われる。つまりパーム油問題とは森林問題であり、生物多様性の喪失や気候変動問題にも関わる。

 また、プランテーションの開発では、森林で伝統的な暮らしを営んでいた先住民族が所有権を認められず、生活の拠点を失うこともある。プランテーションの中で強制労働や児童労働が行われていることもある。パーム油生産は、先住民族の権利の問題をはらみ、サプライチェーンの人権問題にも関わるのである。

 これに対して、関連する業界やNGOが集まり、「持続可能なパーム油のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Palm Oil: RSPO)」というグループを組織し、認証の仕組みを設けている。しかしRSPOのウェブサイトによれば、全パーム油生産量に占める認証油の割合は2016年時点で21%に過ぎない。その上、RSPO認証を得ていれば安心かというと、必ずしもそうとも言えない。たとえば国際的な人権保護団体のアムネスティ・インターナショナルは2016年に報告書『パーム油に潜むスキャンダル - 世界的ブランドの裏に労働搾取』を公表し、RSPOのメンバーで、パーム油販売の最大手であるウィルマー・インターナショナル傘下の農園で強制労働や児童労働などの人権侵害があると指摘した。

 このようにパーム油はさまざまなESG課題を内包する。そのような中、新たな火種となりかねないのが、バイオ燃料としての利用の拡大である。

2.ノルウェー・レインフォレスト基金の指摘

 冒頭で紹介した同基金の報告書によれば、パーム油の多くは食品原料や食用油向けだが、この10年で最も急速に拡大したのはバイオディーゼル向けの市場だという。その背景にはヨーロッパの気候変動政策がある。EUは、2003年にバイオ燃料指令(Biofuel Directive)、2009年には再生可能エネルギー指令(Renewable Energy Directive: RED)を公表し、急速に拡大するバイオ燃料の需要を生み出してきた。たとえばREDでは、EU全体で2020年までに再生可能エネルギーの比率を20%にするとの目標を掲げ、付表の中でパーム油もバイオ燃料の1つとして掲載している。2014年にはEUの自動車のために300万トン以上のパーム油のバイオディーゼルが消費され、これはEUにおけるバイオディーゼル消費の3分の1を占めるとされる。

 REDにはカーボン計算の枠組みがあり、アブラヤシの栽培やバイオディーゼルの精製に関わるエネルギー消費と温室効果ガスの排出の評価も含まれている。しかし、土地に関しては、2008年以前に植林されたパームであることを条件に、温暖化への影響がないものとして扱った。このような単純化をすれば、政策決定者はパーム油のバイオディーゼルが気候変動の観点から化石燃料よりずっとよいものだと信じることができる。しかし、事実は全く異なるというのが、報告書の立場である。

 その理由を報告書は次のように説明する。REDは、過去の熱帯林伐採を無視するとともに、間接的土地利用変更(Indirect Land Use Change: ILUC)も無視している。EUのサステナビリティ基準は、最近伐採・開拓された土地からのパーム油をバイオディーゼルとしてEUに持ち込むことは禁じているが、間接的な影響をコントロールすることはできない。たとえば、以前からあるプランテーションのパーム油をEUに輸出する一方で、増加した需要に応えるために、近隣で新たに熱帯林を伐採し、プランテーションを拡大して国内の食用に使うといった影響である。そのようなILUCの影響まで考慮すると、パーム油を起源とするバイオディーゼルは、気候変動にとって化石燃料より何倍も悪い、と報告書は指摘している。

 このような指摘が同報告書以前からなされていたこともあり、欧州委員会(European Commission)も、2016年11月に公表した再生可能エネルギー利用促進に関する提言(Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on the promotion of the use of energy from renewable sources(recast)) の中で、食品由来のバイオ燃料を輸送セクターの再生可能エネルギー目標から除くよう、提言した。また、2017年6月にはノルウェー議会が、公共調達においてパーム油を原料にしたバイオ燃料を禁止することを議決し、翌7月にはフランスもバイオ燃料の生産におけるパーム油の使用を制限する方針を示したと伝えられた。このようにヨーロッパではパーム油の燃料としての利用はESG課題として認識されつつある。では日本はどうだろうか。

3.日本の課題

 日本では、2017年7月時点でパーム油やパーム核殻(Palm Kernel Shell: PKS)を原料にした発電設備の計画が複数あり、すでに稼働したものもある。バイオマス発電は固定価格買取制度の対象となっており、一般木質バイオマスと農作物の収穫に伴って生じるバイオマスは1kwh当たり24円(2万kw以上の施設は21円)で売却できることが、パーム油の発電への利用を後押ししている。一般にバイオマスと言えば、燃焼してもライフサイクルで見たCO2排出が増えない「カーボンニュートラル」だと思われることが多い。だが、パーム油もそうだというのは誤解だというのが、ノルウェー・レインフォレスト基金の指摘であった。

 パーム核殻は副産物ないし廃棄物だが、それでも現地で燃料にできるものを日本に持ってきてしまうことの是非については議論がある。ましてパーム油は、ここまで見てきたように、原料となるアブラヤシの栽培時点で熱帯林や泥炭地を破壊している可能性があり、カーボンニュートラルとは言えない場合がある。さらに、人権侵害に関わるリスクもある。RSPOなどの認証を前提にするといった厳しい調達方針が守られればよいかもしれないが、認証油は食品産業でさえ、十分に浸透していない現状がある。まして消費者の目が届きにくく、コスト削減圧力の強い発電用途で、認証油調達のコストをかけられるだろうか。また、その種のパーム油発電がブームとなって数が増えれば、結局は需要の純増となり、現地のプランテーション開拓の圧力を強めることにならないだろうか。小規模なパーム油発電が少数あるだけの間はともかく、大規模なものが多数作られるようになると、新たな森林破壊につながりかねない。

 発電では、パーム油と言っても酸化が進んで食用には適さないアブラヤシから搾ったものを使うので、食用とは競合せず、ILUCは問題にならないとの意見もある。むしろ資源の有効利用だというのである。だからこそ低コストになり、利益が出るという面もある。しかしその場合でも泥炭地の破壊や人権侵害のリスクはある。それを避けるにはトレーサビリティの確保や、デューデリジェンスが必要だ。それには結局、コストがかかる。つまり、誠実にやろうとすればコストがかさみ、そのコストをかけなければ安い酸化した油が手に入るかもしれないが、レピュテーション(評判)リスクを負うことになる。そう考えると、日本でもパーム油発電はいずれESG課題として問題になるのではないか。ESG投資を標榜する投資家は今から注意しておく必要があるだろう。


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛