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 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 気候関連のアクティビストが訴訟を起こし、勝利するケースが相次いでいる。責任ある投資家グループは、温室効果ガスの排出量削減目標をめぐりドイツ政府およびシェルを相手とした訴訟や、炭鉱開発をめぐるオーストラリア政府に対する訴訟で勝利を収めたことを前向きに受け取っている。

 一方、これとは全く逆の動きとなる訴訟も起きている。オランダ政府は2030年までに石炭火力を段階的に廃止する計画をめぐり、ドイツのエネルギー大手RWEとUniperから24億ユーロの損害賠償を求められている。こうした訴訟はまだ始まったばかりだが、脱炭素計画の策定または更新を進めている他の国に冷や水を浴びせかねず、気候対策がより困難で高コストなものとなる可能性がある。

 エネルギーおよびインフラ関連の仲裁および訴訟事例に特化するイタリアの法律事務所Watson Farley & Williamsのパートナーであるエルヴェツィオ・サンタレッリ(Elvezio Santarelli)氏は、RWEとオランダ政府の双方とも「自らを正当化するための主張をするだろう」と述べた。その一方で、判決を予想するのは難しいと指摘する。これら2つのケースは、パリ協定と国際条約に基づく投資家救済措置の立場の違いをめぐる「本格的な紛争解決案件」として仲裁裁判所に持ち込まれる初のケースになるとみられるからだ。

 これらの訴訟を受けて投資家はジレンマに陥っている。

 「RWEの株主であるなら、短期的な気候移行リスクを軽減するための訴訟を支持したくなるだろう。だが一方で、それはパリ協定の目標達成を事実上遅らせることにつながる」と、オランダのコンサルタント会社Finance Ideas のESG投資部門ディレクターのヴィンセント・ヴァン・バイレフェルト(Vincent van Bijleveld)氏は語る。他の電力・エネルギー企業がRWEやUniperに追随すれば、投資家はこれら企業の株式保有およびエンゲージメントを今後も続けられるのか「パリ協定への準拠を求める訴訟に参加する投資家としての立場を本気で貫きたいのか」の検討を迫られるだろうと警告している。

 RWEとUniperはレスポンシブル・インベスターの取材に対し、オランダ政府による石炭火力の段階的廃止計画に反対している訳ではないが、損害賠償を受ける権利があると語る。RWEの広報担当者は「同計画が企業の資産に及ぼす損害を賠償する法的権利は認められるべきだ」と述べる一方、Uniperの広報担当者は「国が当初は長期投資を奨励しておきながら、わずか数年後に何の補償もなくその投資の根拠を奪うことは全く容認できない」とコメントした。

 これらの訴訟は、エネルギー憲章条約(ECT)に基づいて起こされたものである。ECTには、投資家が自らの事業に影響を及ぼす法令改正に異議を申し立てることを可能にする「投資家対国家間の紛争解決(ISDS)」メカニズムが盛り込まれている。損害賠償請求額には初期投資額に加えて将来の逸失利益の賠償額も含まれるため、多額に上ることも多い。過去10年間に、再生可能エネルギー補助金の遡及的または突然の変更をめぐり、アセットマネジャーをはじめとする投資家が欧州各国で数多くの訴訟を起こしている。そのうち原告が賠償金の支払いを受けるケースも多くみられる。例えば、大手インフラファンドのForesight、InfraRed Capital PartnersやAntinなどは、スペイン政府を相手に起こした訴訟で勝利した。以前RWEの傘下で再生可能エネルギー事業を担っていたInnogy(現在は別会社)も、再生可能エネルギーへの補助金をめぐりスペイン政府から2,800万ユーロの損賠賠償金を勝ち取っている(ただし、スペイン政府は裁定の撤回を求めているとの報道もある)。

 一部には、RWEとUniperのケースを機に、エネルギー企業やアセットマネジャーが同様の訴訟を起こす動きが一気に増えることを懸念する声もある。プライベート・エクイティ・ファンドの間では化石燃料資産を買収する動きが広がりつつあり、座礁資産となった化石燃料資産の損害賠償に関する報告書によると、ECTに基づいて起こされたISDSのうち半分以上はこれらのファンドや他の機関投資家によるものである。

 気候変動の専門家らはRWEやUniperの主張に納得していないが、こうした動きが迅速な気候変動対策を阻む要因になりかねないと強調している。

 「政府を相手に訴訟を起こしている企業は、過去20年間にわたり問題を長引かせてきた。あらゆる手段を講じて気候変動対策を遅らせようとした挙句、今度は座礁資産に対する損害賠償を求めている」と、NGO のClientEarthで通商・環境関連案件を担当する弁護士のアマンディーヌ・ヴァン・デン・ベルジェ (Amandine Van Den Berghe)氏は述べた。だが、ECTに基づく提訴をちらつかせるだけで簡単に損害賠償を獲得できるケースも珍しくなく「実際の提訴に至らなくても圧力をかける手段として使われかねない」とも指摘する。

 ドイツ政府は、原子力発電所の段階的廃止に伴いエネルギー企業から24億ユーロの支払いを迫られているが、石炭火力発電所に対しては43.5億ユーロの損害賠償を支払うことで同意している。チェコのエネルギー大手Leagは、ECTに基づく提訴を行わないことに同意した代わりに17.3億ユーロの支払いを受けた。注目すべきは、欧州委員会が2021年3月初めに損害賠償の支払いが国家補助規制に違反していないかどうか調査を開始したことである。

 一方、RWEの訴訟を扱う裁判所が決定し、Uniperは2021年4月に提訴する意向を改めて表明した。サンタレッリ氏と同様、ヴァン・デン・ベルジェ氏も結果を予想するのは難しいとの見方をしているが、2社に有利な裁定が下されれば、「市民社会がここ何年も訴え続けているように、ECTを含む投資協定は気候変動対策にとってリスクであることが確認されるだけだろう」と述べた。

 他国の政府が同様の手段をとることを躊躇する理由の1つに、ECTに基づく訴訟では損害賠償が巨額に上ることが挙げられる。サンタレッリ氏は、このような訴訟の可能性があるからといって、各国政府が軒並み化石燃料の段階的廃止を思いとどまる訳ではないが、潜在的な案件の存在によって政府の計画が後退しかねないと指摘している。

 ヴァン・デン・ベルジェ氏も同様の見解で「欧州以外の各国政府は石炭発電所の廃止を法制化した上で他のエネルギーへの移行を進めているだけに、欧州全域に強力なシグナルを送ることも(RWEとUniperの)戦略の1つといえるだろう。訴訟に勝つことだけが戦略の成功を意味するのではない」と述べている。

 さらに各国政府がドイツのやり方を踏襲し「かえって高額な損害賠償の支払いで折り合いをつける」ことも考えられるほか「当初の気候変動対策のスケジュールや野心的な目標水準を抜本的に見直す場合も考えられる」と指摘する。

 ECTは、ソ連崩壊後、化石燃料インフラに投資する欧米の投資家を保護するために1991に発足した貿易投資協定であり、2009年以降、その現代化を促す取り組みが進められてきた。EUが提示しているECT改訂案は、気候変動対策および欧州グリーンディールやパリ協定に整合した脱炭素への移行を推進する内容になっている。2021年7月初めには改訂案をめぐる交渉ラウンドが完了し、ECは「大きな前進」があったとしている。

 だが、ECTの適用範囲を変更するのはそう簡単ではない。改訂を行う場合、加盟54ヵ国全ての同意を得る必要があるが、カザフスタンやアゼルバイジャンといった化石燃料の生産大国が同意することは考えにくい。交渉に関する外交文書をまとめたEuractivの報告書によると、カザフスタンはEU案に「真っ向から反対」している。

 ECT加盟国は自らの意思で脱退することが可能で、2015年にはイタリアが再生可能エネルギー補助金制度の変更に対する訴訟を機に脱退した。ただし、イタリアが加盟期間中に行った投資はその後20年間は保護対象となる。フランス、スペイン、ポーランドは共同でEUとしての脱退を求めているが、話し合いは暗礁に乗り上げたままである。

 2021年7月初めには400を超える市民社会グループが、COP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議、2021年10月31日~11月12日開催予定)までにECTから脱退し「投資の保護対象をグローバル・サウス(南半球の発展途上国)に広げる動きに歯止めをかける」ようEUに求める公開書簡に共同で署名した。

 だが、ECTは推定3,446億ユーロ相当の化石燃料インフラを保護する一方で、再生可能エネルギー分野の投資家も保護の対象としている。サンタレッリ氏は「批評家の中には(ECTからの脱退は)短期的視野に基づく行動にすぎないとみる向きもある。これはECT全体の構造的な問題ではない(中略)。環境関連の協定を支持するためにECTを排除することは、再生可能エネルギーを保護するためのツールを失うことにもつながる」と述べる。

 オランダ政府の報道官はRWEの訴訟について、同国は「しかるべき国際裁定手続きに備え、紛争の内容と仲裁裁判所の司法管轄権に関して弁護する」と述べた。
 


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【参照】
Responsible Investor, Dominic Webb「The other side of climate litigation: will coal phase-out cases jeopardise climate action?」2021年7月20日(2021年8月6日情報取得)


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