elephant
RI_logo

 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 現在、ソブリン債の市場規模は約63兆ドルと推定され、41兆ドルとされる社債市場を圧倒している。だがそうした規模の大きさにもかかわらず、責任投資に取組む大手の投資家さえも自らが運用するソブリン債ポートフォリオのサステナビリティをめぐる取組みには二の足を踏んでいる。

 カナダの年金基金であるケベック州投資信託銀行(Caisse de dépôt et placement du Québec、CDPQ)は、2017年に「投資の意思決定プロセスで気候変動をリスクと同じように扱うことを基本方針とする」と宣言し、新境地を開いた。だが、唯一の例外としてソブリン債をその対象から除外したのである。この分野のパイオニア的存在であるスウェーデン年金基金AP4のCEOであるニクラス・イークバル(Niklas Ekvall)氏は2019年、レスポンシブル・インベスターの取材に対し、ソブリン債はESGの観点からはとりわけ扱いにくいテーマであると述べ、AP4が当時のトランプ米大統領の気候対策について何を言っても聞く耳を持たないだろうと揶揄した。2021年7月上旬に欧州委員会が発表したグリーンボンドに関する新たな「絶対的基準」の規則案は、ソブリン債に特別な免除枠を設けている。

 ソブリン債は、倫理上の理由から投資ユニバースから除外されることがある。デンマークの大手企業年金基金であるIndustriens Pension(運用資産総額は210億ユーロ)は2021年初頭に人権侵害を理由に保有するベラルーシとミャンマーの国債を全て売却し、PGGMやAPGといった他の年金基金もこれに追随した。一方で、気候問題を理由とする同様の動きはほとんどみられない。2019年には、スウェーデン中央銀行が、二酸化炭素排出量の多さを理由にオーストラリアのクィーンズランド州と西オーストラリア州、カナダのアルバータ州の発行するサブソブリン債の保有高をゼロにした。この動きについて、当時気候変動債の専門家だったウルフ・エルランドソン(Ulf Erlandsson)氏は「これを機に似たような発表が『堰を切ったように続く』だろう」と述べたが、そうした動きは全くみられない。

 ビクトリア・バロン(Victoria Barron)氏は、サステナブル投資においてソブリン債は「部屋の中にいる像(誰もが認識しているが、誰も話題にしようとしない問題)」のようなものと表現した。

 バロン氏は「特に年金基金にはそうした状況が当てはまる。それらを見ないようにするわけにもいかず、投資する債券をえり好みすることもできないからだ」と述べ、為替リスクをめぐる制約などから自国のソブリン債を保有する必要性を指摘した。

 バロン氏は、英通信大手BTの年金基金BT年金スキーム(BTPS、運用資産総額は575億ポンド)の責任投資部門ヘッドを務めている。BTPSは2035年までに排出量ゼロを達成する目標を掲げており、脱炭素化の大部分を債券ファンドで実現しようとしている。債券ファンドはクローズドエンドであるため、低リスク債券に移行することで受益者の年金受給額の変動を抑えられるからだ。移行に伴い、バロン氏も同じ状況下にある他の多くの投資家と同様、「部屋の中の像」と正面から向き合うことになった。

 「現在ソブリン債は投資家にとって事実上評価しにくい資産クラスであり、何か対策を講じる必要がある」と同氏は指摘する。そこでBTPS、英国国教会年金理事会、さらには気候問題に取組む有力機関投資家グループ(「Institutional Investor Group on Climate Change」、「Net-Zero Asset Owner Alliance」、「Ceres」、「責任投資原則(PRI)」、「Transition Pathway Initiative」など)が共同で新たに「ASCOR(Assessing Sovereign Climate-related Opportunities and Risk)」プロジェクトを立ち上げた。

 「我々は投資家が連携し、独立した立場で、学術研究を根拠に取組む必要があると判断した。公的債務を評価し、投資家が財務当局や政策策定者に対するエンゲージメント活動を行う際の指針となる枠組みを作る必要があった。我々は年金基金として極めて規模が大きく、ファンドマネジャーも多数抱えているが、それでも各国当局と話をする時間的余裕はない。ましてや、他のファンドはなおさらだろう」とバロン氏は説明する。

 仮にBTPSがそうしたリソースを持っているとしても、パフォーマンスや進捗状況を評価する手段がないため、効果的なエンゲージメントは難しくなると指摘する。

 また「国ごとに公表されている情報の内容が異なるため、これらを比較することはできない。実際の情報をみたことがある人なら、国家統計局がデータソースとなっている国や、NDCs(国が決定する貢献、Nationally Determined Contributions)の中のデータを使っている国がある一方、そうしたデータを全く持っていない国もあることを知っているだろう」とも述べている。

 こうした状況はデータプロバイダーにとっても問題である。

 エルナズ・ロシャン(Elnaz Roshan)氏はドイツの気候専門データプロバイダー「Right.Based On Science」の気候リスクモデルの開発を主導し、数ヵ月をかけて約160のソブリン債発行体向けに「気温の上昇抑制目標に整合する」指標を開発した。このプロジェクトは、ドイツの金融機関向け年金基金(運用資産総額は310億ユーロ)であるBVVが委託したもので、BVVは既に企業についてはRight.Based On Scienceが提供する同様の指標を利用している。

 ロシャン氏は、このプロジェクトの「最大の課題」はデータだったとしている。

 「ソブリン債で同じような指標を作成するとなると、経済全体が対象となるため、国全体の二酸化炭素排出量を考慮した。だが、国レベルの排出量を反映したデータセットや推定値が十分に得られないことから、データの対象範囲を広げ、例えばOECDのデータを使って、適切な比率に基づいて全体の排出量を加盟国ごとに振り分けた」と同氏は説明する。

 GDPの規模に応じて排出量を割り当てれば先進国を利することになるため、ロシャン氏は人口比に基づく分配方法を考案し「人口1人当たり排出量」の数値を割り出した。その後、全ての国にこの人口1人当たり排出量を適用し、ソブリン債の発行体が「従来どおりの行動(BAU)」を続けた場合と「目標」に沿って行動した場合に、世界の気温がどの程度上昇するかを算出した。後者は、世界の気温上昇幅を一定の水準(2℃)以下に抑制するために各国が実践すべき脱炭素の道筋を示すものである。

 例えば、英国が従来どおりの行動を続けた場合の気温上昇幅は2.1℃と評価されたのに対し、パリ協定を遵守するためには上昇幅を1.7℃に抑える必要がある。すなわち、現状では目標を0.4℃上回っていることになる。

 BVVのリスク部門責任者のクリスチャン・ウルフ(Christian Wolf)氏によると、BVVは2050年までに排出量ゼロを達成する目標を掲げており、運用する全てのポートフォリオで「資産クラスごとに」目標達成に向けた取組みを始めている。

 「ソブリン債は運用ポートフォリオの重要な構成要素であり、あらゆるタイプの資産クラスをカバーできる、またはカバーできるようになる手段が求められる」とウルフ氏は述べている。また、バロン氏と同様に「他の資産クラスに比べ、ソブリン債ポートフォリオの投資プロセスには気候要因を組み入れにくい」と指摘する。その理由として、ダブルカウントのリスクがあることや、運用成績を既存の社債の評価および格付けと比較可能にする必要性を挙げている。

 さらに「より幅広いリスクが伴い、その種類も異なる。例えばソブリン債の場合、物的リスクおよび移行リスクなどにはいずれも社会経済学的な要素が含まれる」とも述べている。

 バロン氏によるとASCORプロジェクトは「各国のパフォーマンスに影響を及ぼす可能性のある政策、経済およびガバナンス面の要因に加え」、物的リスクと移行リスクの両方とも考慮する意向である。

 その一方で、同氏は「それら全てを考慮した結果は格付けではなく、あくまでも評価である。我々の目的は、数値を示して各国を強く非難することではないからだ」と強調する。そして、関連するあらゆる政治的および経済的背景をそうした数値に反映することは「不可能」であると説明している。

 BVVとBTPSはともに自らの調査結果をエンゲージメントツールとして活用する計画で、ウルフ氏は「この分野では最も強力で有効なツールになる」と述べている。

 だがバロン氏は政府に対するエンゲージメントはそう簡単にいかないと指摘し「政府機関へのエンゲージメントは難しいというのが投資家の一致した意見だろう。企業に投資する場合、リスクが特定されれば、社内モデルを使ってリスクエクスポージャーの縮小を図ることができる。それができない場合は、投資先企業の経営陣と話し合いの場を持つか、投資家向け説明会に出席し、そうしたリスクへの対策を聞き出すこともできる。だが、政府が相手ではそうした活動は一切できない」と話す。

 バロン氏は、ASCORが各国政府による気候変動対策やNDCsの進捗状況がもたらす投資リスクおよび機会を評価する方法を考案することを望むと同時に、それによって新たな集団エンゲージメントのかたちを作ることにつながるとも考えている。

 「我々は政府機関と向き合い、評価結果を示す。政府側もオープンソースの同じ情報を精査した上で、我々が求めているより有用な情報を提供する。将来的には、投資家が連携して各国政府にエンゲージメントを行う『Climate Action 100+』のソブリン債バージョンのような取組みができる可能性もある」とも述べ、企業の脱炭素化に特化した株主エンゲージメントを行う有力なネットワークに言及した。

 BVVは自らが保有するソブリン債を対象に、新たな気温抑制目標への整合度を示すスコアに基づく分析を始めたところで、今後はRight.Based on Scienceやその他の不特定の市場参加者と協力して他の評価しにくい資産クラスのモデルをテストする計画である。

 ASCORはアフリカ、アジア、オーストラリアからも、テクノロジー面のノウハウや資金面でプロジェクトに貢献できる参加メンバーを募っている。

 バロン氏は「COP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議、2021年11月開催予定)でプロジェクトのより詳しい内容を紹介したいと思っている。ただ、これは投資家にとって極めて重要なテーマであるだけに、期限に間に合わせることを優先するあまり山積する課題の解決をおざなりにするようなことは避けたい」と話した。


RI_logo

【参照】
Responsible Investor, Sophie Robinson-Tillett「The Elephant in the Room: Investors are finally talking about climate and sovereign bonds」2021年7月12日(2021年7月16日情報取得)


QUICK ESG研究所