Uyghur

 中国の新疆ウイグル自治区の問題は、現代の踏み絵である。ウイグル産の綿を使用していないと表明したアパレルメーカーが、逆に中国での不買運動に直面して、揺れている。なぜ人権重視の側に立つ企業が苦労するのか。バングラデシュで1000人以上が亡くなったラナプラザの倒壊事故、タイの大手漁業会社タイユニオンの漁船での強制労働など、企業の人権侵害は何度も報じられ、その都度、サプライチェーンで関わる企業は対応を求められてきた。だが、今回のウイグル問題は質が異なる。単なる私企業の人権問題ではなく、中国政府が公式に関わる動きだからである。だがそのような時にこそ、サステナビリティの理念が問われるのではないか。それは、私たちがどんな資本主義を選ぼうとしているのかということである。本稿ではそのことを掘り下げて考えてみたい。

1.規範づくりの時代

 21世紀は規範づくりから始まった。後世、そのように言われるのではないか。

 まず下の表を見てほしい。21世紀最初の20年間、世界が新たな規範を生み出そうと苦闘してきたことがわかる。たとえば責任投資原則の公表は2006年である。2011年にはビジネスと人権に関する指導原則が採択され、2012年には持続可能な保険原則、2017年にポジティブインパクト金融原則、2019年に責任銀行原則が出た。

 より実務的な原則には、国際資本市場協会(ICMA)が公表したグリーンボンド原則やサステナビリティリンクボンド原則、ローン市場協会(LMA)などによるグリーンローン原則やサステナビリティリンクローン原則などがある。スチュワードシップコードやコーポレートガバナンスコードも原則に近い意味を持つ。そして2019年にアメリカのビジネスラウンドテーブルが企業のPurpose(目的・存在意義)に関する声明を出し、2020年には世界経済フォーラムがダボスマニフェスト2020を打ち出した。

 これら1つ1つの動きには、それぞれ固有の論理や背景がある。だが、全体を俯瞰してみれば、経済社会に新たな規範を組み込もうとする大きな流れがあることがわかるだろう。では実際に規範は根付いたのだろうか。

 規範の中には法規範のように外形化されたものもあるが、人の心に内面化され、無意識に働くものもある。たとえば家事は女性がすべき、その代わり男性が生活費を稼ぐべきという「性別役割分業」観は、かつてはあまり意識せずに受け入れられていたのではないか。今、大声でそれを主張する人はまずいないだろうが、その種の規範意識が完全に払拭されたとは言えまい。そのことは男女の賃金格差などにも表れている。

 内面化された規範を転換するためには、人々が心理的にも納得できることが必要である。意識の中に内面化されなければ、規範として機能しないからである。そこで、当初は受け入れられやすいように既存の価値観と矛盾しない説明や納得しやすい説明をすることが多い。これはちょうど巨大な客船が進路を変えようとするのに似ている。船の進行には慣性が働くので、あまり急に舵を切ったのでは転覆してしまう。しかし遅すぎれば氷山にぶつかってしまうかもしれない。

 たとえば女性役員の数を増やすべきなのは、女性の視点を入れた方が正しい判断ができ、利益につながるからだと言うことが多い。たしかにその通りだろう。社会の半数は女性なのだから。そう言われれば、納得感がある。だが、シンプルに女性にも同等の権利があるからだ、と言う人は少ない。

 では、ステークホルダー資本主義はどうだろうか。おそらく次のように説明することが多いのではないか。多様なステークホルダーの利益に配慮することが、長い目で見れば株主の利益にもつながる、と。これなら一般に受け入れられやすい。だが、この種の耳触りのいい説明の限界を露呈させたのが、今回のウイグル問題ではないだろうか。

表 規範づくりの20年

公表年 [組織レベルの規範]   [金融商品レベルの規範] [その他]
1999年  ・グローバルコンパクト    
2000年     ・MDGs
2006年 ・責任投資原則    
2010年 ・スチュワードシップコード(英国)    
2011年 ・ビジネスと人権に関する指導原則    
2012年 ・持続可能な保険原則    
2014年 ・スチュワードシップコード(日本)  ・グリーンボンド原則  
2015年 ・コーポレートガバナンスコード(日本)      
2017年 ・ポジティブインパクト金融原則    
2018年   ・グリーンローン原則  
2019年 ・責任銀行原則  ・企業のPurposeに関する声明  ・サステナビリティリンクローン原則  ・欧州グリーンディール 
2020年 ・ダボスマニフェスト2020(WEF) ・サステナビリティリンクボンド原則  
2021年     ・米国パリ協定に復帰

 出所:各種情報を基に筆者作成

2.ウイグル問題の根深さ

 以前のコラム(1)で紹介した通り、中国西部の新疆ウイグル自治区で、同国における少数民族の1つであるウイグル族の人々が100万人規模で訓練施設に収容され、あるいは各地の工場に送られて強制労働が行われていると、2018年頃から欧米のNGOや研究機関が指摘し始めた。

 2020年10月には、持続可能な綿花栽培を推進するNGOであるベター・コットン・イニシアティブ(BCI)の「強制労働とディーセントワークに関するタスクフォース」が、最終報告書(『Final report and recommendations』)を公表した。その中で彼らは、新彊ウイグル自治区ではウイグル人の拘束や強制労働という情報があるが、あらゆる現地調査ができないため、同地区でのすべての活動とすべての事業関係を停止すべきと提言した。そして同じ2020年にアメリカのナイキやスウェーデンのH&Mなどが新疆ウイグル自治区における強制労働の報道に懸念を示し、ウイグル産の綿は使っていないことを表明した。ところが、翌年の2021年3月になって中国の国営メディア等が批判を展開、インターネット上では不買運動も呼びかけられたという。

 もしこれが、単に一企業や工場での強制労働問題だったら、ナイキやH&Mの対応が標準的で正解だろう。アパレル業界はラナプラザの経験を機に、サプライチェーンの人権問題については相当学んできた。

 だが今回は事情が異なる。実際に中国の消費者が今後どう反応するかは見通しにくいが、強制労働の懸念に対する責任ある対応が、かえってナショナリズムによる反発を受けた。そこからわかるのは、今回、彼らが対峙しているのが強制労働に関わったとされる個々の中国企業ではなく、中国そのものだということである。

 別の言い方をすれば、これは単なる強制労働問題ではない。中国政府の目的は強制労働ではなく、統治政策の一環と理解すべきだろう。なにもウイグル人を搾取して儲けようということではなく、漢語や漢文化の浸透を図ることで共産党政権の統治を容易にしたいのである。それを、私たち日本人を含む西側諸国の現代の価値観から見れば、少数民族の固有の文化や自立心を奪う同化政策であり、極めて深刻な人権侵害ということになる(2)。欧米ではジェノサイド(集団殺害)という言葉も使われ始めた。だが中国の側から見れば、内政問題である。その対立は根深い。

 そうだとすれば、これは単にアパレルメーカーだけの問題ではあるまい。今後、より幅広い企業と投資家が、中国との関わり方を問われることになるのではないか。急速に立ち現れてきた国家資本主義という体制とどう向き合うのかということである。それは見方を変えれば、ステークホルダー資本主義の本質を問い直すことでもある。

3.国家資本主義 vs. ステークホルダー資本主義

 中国について日本の運用機関の人と話すと、時に、全く違う景色が見えていることに気づく。彼らの目は、上海や深圳を中心にした資本市場の活況に向いていることが多いのである。もちろん、富裕層が多いからである。

 クレディスイスが2020年10月に公表した『Global Wealth Report 2020』によれば、100万ドル以上の資産を持つミリオネアの数は、2019年末時点で、アメリカが約2000万人で世界1位だが、中国が約580万人で2位、日本は約330万人で3位だった。また資産5000万ドルを超える超富裕層の数は、アメリカが約8万9000人で1位だが、中国が約2万1000人で2位、日本は約3000人で8位である。実際、IT・デジタル分野や電気自動車、太陽光パネルなど、多くの分野で中国企業の躍進を見聞きすることが多い。その意味では中国は極めて有望なビジネス相手に見える。中国型の「国家資本主義」は、かなり上手くいっているということである。

 ダボスマニフェスト2020を提起したクラウス・シュワブは、株主資本主義とともに国家資本主義をステークホルダー資本主義に対置して、次のように述べている。

 「我々はどんな資本主義を望むのか。これこそ、今の時代に決定的に重要な問いだ。そこには3つの選択肢がある。第1に利益最大化こそ企業の目的と考える『株主資本主義』、第2に経済の方向の決定を政府に委ねる『国家資本主義』、第3に私企業を社会からの負託をうけたものと位置付ける『ステークホルダー資本主義』である」(3)。

 この3つの資本主義の決定的な違いは何だろうか。株主資本主義の本質は「自由」、もっと言えば株主・投資家が自由に利益を追求してよいという「欲望の解放」にあるのではないか。それはたしかに経済的繁栄をもたらした。だが、環境や社会に対する弊害が無視できなくなり、ステークホルダー資本主義が提起された。

 一方、国家資本主義の本質は国家による「統制」であり、より強い言葉を使うなら「支配」であろう。経済や社会の方向は国家が決める。その代わり、その支配に服する者には生活の安寧と経済的な繁栄を保証するということである。その体制が実際に富と安定をもたらす限り、人々は国家の支配を受け入れる。

 株主資本主義と国家資本主義は、自由と支配という本質的な部分で対立する。だが、最近まで相互に利益になる部分では共存してきた。

 これに対してステークホルダー資本主義の本質とは何だろうか。それはクラウス・シュワブに限らず、21世紀の規範化の動きが共有してきた理念、すなわち「サステナビリティ」ではないか。具体的には、安定した気候と豊かな自然環境を次世代に引き継ぐこと、人種や性別などで差別されないこと、不当に拘束や強制をされないこと、不合理な貧困や極端な格差が存在しないこと。それらを広い意味で「人権」と呼ぶとすれば、多くの原則の根底にあるのは、人権の感覚とも言えるだろう(4)。

 その感覚は、ステークホルダー資本主義では株主の欲望の充足より優先される。国家が人権を侵害する局面では、国家資本主義とも相容れないということになるだろう。ウイグルという具体的な問題にどう対応すべきか、簡単な答はない。だが、長い目で見れば、脱炭素を巡って行きつ戻りつしたこれまでの経緯が参考になるのではないか。

 日本では少し前まで石炭火力擁護論が強い力をもっていた。だが、今では脱炭素はすっかり規範化した。トランプ前大統領は4年間この流れを押しとどめてきたが、バイデン大統領になって大きく転換した。他の人権分野でも同様のことが起きないとは限らない。ただし脱炭素の定着までには、1992年に気候変動枠組み条約ができてから30年近くかかった。その間、環境の危機は加速した。加えて今まさに私たちは人権の危機に直面している。それは民主主義に対する信頼の危機でもある。急がなければ手遅れになる可能性も否定できない。

 船は急には曲がれない。だが、いつか曲がらなければならない。

<注>
(1)QUICK ESG研究所「【水口教授のESG通信】ウイグル人強制労働問題を考える - 中国と人権と投資行動」2020年7月30日
(2)同化政策とは、支配的な民族の政府等が自らの文化や言語を先住民族や少数民族に対して受け入れるよう強いる政策で、中国に限らず、欧米諸国や日本もかつては行ってきた。
(3)クラウス・シュワブによる2019年12月1日付のコラム「Why we need the 'Davos Manifesto' for a better kind of capitalism」を一部抜粋して要約。
(4)ESGの中の「S」の課題は幅広いが、極端な格差や貧困も広い意味で人権の問題と捉えれば、「S」課題とは人権課題だとも言えるだろう。また、良好な環境の中で生活する権利を環境権と呼ぶとすれば、それもまた人権の一部である。


QUICK ESG研究所 エクスターナル・アドバイザー 水口 剛