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 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 米国の資産運用会社であるFederated Hermes(運用資産総額469億ドル/384億ユーロ)は、IFRS財団が進めるサステナビリティ基準の策定に対し、「ダブル・マテリアリティ」を考慮すべきと主張している。

 ダブル・マテリアリティとは、ESG課題が企業と投資家にもたらす影響と、企業と投資家が環境や社会に及ぼす影響の両方を考慮する概念を示す。

 Federated HermesのESG担当部門幹部イングリッド・ホームズ(Ingrid Holmes)氏とブルース・デグッド(Bruce Duguid)氏は、IFRS財団が提案する「マテリアリティに関して当初は投資家への影響に特化する」というアプローチに異議を唱える。両氏は、「企業レベルで有効かつ有意義な戦略を策定するには、ダブル・マテリアリティを考慮することが重要である。この問題については欧州委員会がリーダー的役割を担っている。IFRS財団の姿勢は一歩前に踏み出すというより、一歩後退するものだ」と述べる。

 EUは2021年中に非財務情報開示に関する独自基準の策定を目指す可能性がある。欧州証券市場監督機構(ESMA)はIFRS財団に対するパブリックコメントで、ダブル・マテリアリティを当初から考慮すべきであると提言した。ESMAは、まずは気候リスクに関連したESG基準の策定から着手したい考えのIFRS財団に対し、「財団にはプロジェクトの対象範囲を拡大すること、サステナビリティ基準審議会(SSB)にはSDGsに関する課題も扱うこと」も求めている。

 これら方針に必ずしも賛同しない投資家もいる。例えば、カナダのAlberta Investment Management Corporation (以下AIMCo、運用資産総額1,190億カナダドル)は、当初から気候リスクを含む幅広いESG要因を対象とする、より広範なサステナビリティ・フレームワークが構築されることを望み、「気候リスクは予測不能であり、リスクを完全に分散することはほぼ不可能だろう。また、社会的不平等や労働者の安全性といった他の基本的なリスクも、本質的には他のリスクや気候変動に伴う脆弱性と相互に結びついている可能性がある」と述べる。一方で、当初はシングル・マテリアリティを原則とするアプローチをとり、その後ダブル・マテリアリティへとシフトするやり方を支持している。ただし、2つの概念には重複する部分もあり、特に長期的なリスク調整後のリターンを重視する投資家は注意すべきであると警告している。AIMCoは、「IFRSは、企業が環境および周辺地域社会に及ぼす影響が、より広範なステークホルダー、周辺地域社会にとって重要であり、企業が事業活動を行うための社会的ライセンスにつながる可能性が高いことを考慮すべきである」とも指摘する。

 シアトルに本拠を置くRussell Investmentsは、気候関連の情報開示については明確な世界的コンセンサスが形成されているようにみえるが、EUのサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)や米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)およびグローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)といった既存のイニシアチブの取り組みは、気候変動を超えた問題に焦点を移しつつあるとの見方を示す。Russellは「IFRSが気候問題だけに焦点を当てて策定した基準は、既存のニーズのごく一部にしか対応しないものとなろう。気候問題だけを指針にするのではなく、(業界によって異なる)幅広いサステナビリティ要因を重視すべきである」と述べる。

 欧州のサステナブル投資フォーラム(Eurosif)は、新型コロナウイルスのパンデミックから得た教訓を踏まえ、ESG課題に関する情報開示に向けた総合的アプローチがふさわしいとしている。そして、「現在、気候変動要因の評価と情報開示は進歩している。SSBはサステナビリティの3つの側面について、それぞれレベルを変えて取り組むことができる。社会問題に関する評価と情報開示がさほど進んでいないという事実は、この側面により重点的に取り組む必要性を示している」と述べる。また、マテリアリティをめぐるIFRS財団のアプローチについても異を唱え、「SSBの最終目標は、財務上のマテリアリティだけでなく、(「ダブル・マテリアリティ」として)環境や社会におけるマテリアリティの考慮であると明示することが不可欠」と述べる。

 オランダ中央銀行(DNB)も、マテリアリティに関する現行のアプローチに疑問を投げかけている。DNBは、「企業が環境に与える影響のみを示す情報と、環境の変化が企業に及ぼす影響のみを示す情報を明確に区別することは難しい」と指摘する。また、「環境問題と社会問題はいずれも金融機関にとってリスクとなり得る。DNBは監督機関として、生物多様性の喪失、水ストレス問題、資源不足、人権問題といったリスクの管理状況を精査すべきである」と述べる。DNBは、IFRS財団が当初は気候関連リスクを最優先する方針であることは、その喫緊性から理解できるとしつつ、「生物多様性の喪失によって金融機関がさらされるリスクは重大であり、社会および経済が抱える最大リスクの1つと考えられる」ため、次に早急に取り組むべきは生物多様性喪失の問題であるとする。

 一方、オーストラリアの政府系投資会社Queensland Investment Corporation (以下QIC、運用資産総額は790億豪ドル)は、IFRS財団のアプローチは「ダブル・マテリアリティの複雑さゆえに身動きが取れなくなり、プロジェクト全体に遅れが出るようなリスクを回避する上で有効である」として支持している。QICは「当初は投資家やその他の市場参加者と最も関連性の高いサステナビリティ指標を重視する漸進的なアプローチを支持する。気候関連指標が開発されれば、環境、社会、ガバナンス要因にも対応できるようになるはずだ」と話す。

 また明確な支持とはいえないものの、Norges Bank Investment Management(NBIM)も最優先に取り組むべきは気候問題であるとし、「ただし、他のテーマも疎かにすべきではない」とコメントした。

 欧州投信・投資顧問業協会(EFAMA)も「気候問題優先」のアプローチを支持する立場で、 「本格的なダブル・マテリアリティ・アプローチ」をとれば仕事が複雑になり、基準の導入に影響や遅れが出る可能性があるとの見方を示す。一方で、「EUで既に実践されている取り組みは、グローバル基準にダブル・マテリアリティを反映させるための基盤形成につながるだろう」とも述べる。

 前イングランド銀行総裁で現在は国連気候変動アクション・ファイナンス特使を務めるマーク・カーニー(Mark Carney)氏も、基準設定に向けた取り組みを2つに分けている。1つめは「気候関連の情報開示に焦点を絞り、その後、対象を幅広いサステナビリティ要因に広げる」としている。これは、市場のニーズと公共政策の必要性として、気候問題が最も急を要しているとの同氏の考えに基づく。2つめは「広範な影響に関する情報開示について世界的な合意を探る過程」になるだろう。カーニー氏は、「国や地域によって要件や優先順位は異なる。例えばEUでは、特定の非財務情報を開示しなければ、企業、アセットオーナーおよびアセットマネジャーは法的拘束力のあるタクソノミーおよびサステナビリティ開示規制に即した情報開示を行ったとは認められない」と述べる。同氏はさらに、「逆に、一部の国や地域は、サステナビリティに及ぼす影響に関する情報開示の義務化には消極的なスタンスをとる可能性がある」との考えも示した。

 日本では、2020年11月、金融庁及び財務会計基準機構(FASF)が事務局を務めるIFRS対応方針協議会が、「IFRS 財団がこれまで財務報告で果たしてきた役割や実績を踏まえると、サステナビリティ報告における主要な報告対象者は、投資家を中心とする資本市場の参加者、財務情報のその他の利用者とすべきである。その上で、重要性の範囲は、企業財務に与える影響、すなわち、シングル・マテリアリティを基本に考えるべきである」とし、「SSB が取り組むべき領域として、気候変動が喫緊の課題であることは理解しているが、他のESG 要素、特に S(社会)や G(ガバナンス)も並行して対応すべきである」とのコメントを公表している。


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【参照】
Responsible Investor,  Carlos Tornero「IFRS sustainability project a “backward step” without double materiality at its core - Federated Hermes」2020年12月22日(2021年1月12日情報取得)
公益財団法人財務会計基準機構 企業会計基準委員会「IFRS財団「サステナビリティ報告に関する市中協議文書」に対するコメント」2020年11月27日(2021年1月12日情報取得)

【関連記事】
QUICK ESG研究所「【水口教授のESG通信】ESG情報開示のゆくえ - IFRS財団の提言が意味すること」2020年11月2日https://www.esg.quick.co.jp/research/1152


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