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 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 英国のリシ・スナク財務大臣は11月、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に沿った気候変動情報の開示義務化を表明した。これは、正しい方向に踏み出す第一歩となろう。

 今回の動きは、気候変動問題を財務報告や企業の法定開示に統合することが、金融業界全体にとってもはや死活問題となっており、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)が間近に迫るなかで同業界(特にシティ・オブ・ロンドン)が自らの影響力の維持に躍起になっていることを示している。

 また英国は、イタリアとCOP26を共同開催するにあたって、パリ協定で持ち帰った宿題を一部だけでも終わらせる(あるいは少なくとも取組み中)ことになり、EUの野心的な気候変動対策に肩を並べるかたちとなった。

 スナク財務相の声明は、俯瞰的で過大評価ともいえる内容だったものの、注目すべきニュアンスがあった。

 他の何よりも、英国のタスクフォース(UK’s Joint Government-Regulator TCFD Taskforce)が定めた法規制の移行スケジュールが極めて有用だったことである。同タスクフォースは英財務省が主導する、気候関連情報開示に特化した英国の金融規制当局のイニシアチブだ。今回の政策報告書は一読に値する内容で、「TCFD提言に沿った情報開示の義務化に向けた行程」を示した(下記画像)。これは、向こう5年間の経済全体に影響を及ぼす新たな法令化のプロセスといえる。

UK roadmap

出所: HM Treasury, A Roadmap towards mandatory climate-related disclosures, p.5(2020年11月)

 これにより、暗黙の結果として、「TCFDに準拠」という表現に慎重になることが予想される。多くの企業や投資家は時期尚早な熱意さの余り、TCFDへの「支持」だけでなくTCFD枠組みの「遵守」を公言したものと思われる。それが善意に基づくものであったとしても、そうした宣言はグリーンウォッシュと紙一重でもある。というのは、「TCFDへの準拠」(そして誰がそれを保証できるか)が本当に意味する内容は、今後5年間に英国内で定義されることになるからだ。

 CDSB(気候変動開示基準委員会)のPolicy & External Affairs部門ディレクターのマイケル・ジモニ(Michael Zimonyi)氏も同じ見方をしており、TCFD提言を実行に移すためには「しかるべき権限を持つ誰かが」主導する必要があると指摘した上で、「これまでに進展はあったが、いまだ実現には至っていない」と述べた。

 ESGリスク管理ソフトウェアを手掛けるDatamaranのイノベーション部門バイスプレジデントドナート・カラーチェ(Donato Calace)氏はRIの取材に対し、こうした政策上の動きは「自発的な情報開示の時代が急速に終焉を迎えつつある」ことを明示していると説明する。

 同氏は、「法的措置によって細かい差異や技術的な食い違いはあるものの、気候変動の監督と責任を担うのは取締役会であるとする流れは一致している」とも述べ、情報開示の義務化へのシフトに加え、気候変動や脱炭素だけでなく幅広いESG課題を取締役会が監督することを強調した。

 英国のタスクフォースの中間報告書は、TCFDに準拠した開示を行うためには最終的に国際基準が「一貫性、比較可能性および強制力」を備えたものになる必要があるとしており、英国の関係者は引き続き国際的な組織と連携していくことになろう。注目すべきは、EUが非財務情報開示指令(NFRD)の見直しの一環として、独自のサステナビリティ基準の義務化を目指しているにもかかわらず、同報告書はEUとの連携に言及していない点だ。欧州委員会から委任された欧州財務報告諮問グループ(European Financial Reporting Advisory Group)は現在、EU基準策定に向けた助言を準備している(関連するRI記事はこちら)。

 ところが、同報告書はこうした事実について全く触れていない。今後の動きとして、IFRS財団が国際サステナビリティ基準審査会(SSB)の設立を提言していること(こちらのRI記事を参照)に言及しているが、その実現には数年かかる可能性があり、EUの基準はこれより早く策定される見通しである。

 一方で、英国のタスクフォースは、米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)や、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)、CDSB、国際統合報告評議会(IIRC)、CDPなどの、自主的開示基準の策定機関の連携を、「強力に支援する」と断言している。これまでの動きをみる限り、これらの機関はEU基準の基盤づくりに参画するとみられる(こちらのRI記事を参照)。 

 この中間報告書に加え、英規制当局としてこの議論の中心的存在となっている英国財務報告評議会(FRC)も「Climate Thematic Review 2020」と題する報告書を発表した。本報告書は、取締役会や企業、監査法人、投資家などの気候変動関連の開示をレビューしたもので、、英国の「公共の利益に関わる法人(Public Interest Entities)」に対し、SASB指標を使いながらTCFDに準拠した情報開示を自主的に行うよう促している。

 基準策定には政治的思惑が絡むケースが多いことを考えると、上記の報告書が明記している事項もそうでない事項も、見落としてはならないだろう。

 むしろ2つの陣営ができつつあると考えていいだろう。1つは大西洋グループで、投資家を重視するSASBとロンドンに拠点を置くIFRS財団が策定する基準を支持している(おそらくブレグジット後の世界における英国の立ち位置により近いと考えられる)。もう1つは欧州グループで、ダブル・マテリアリティを原則とする基準の策定を目指している(ESGが企業にもたらす影響と逆に企業が社会に及ぼす影響の両方を考慮する)。

 これら2つの陣営の考えは相容れないものだが、SASB基準、またはステークホルダーをより重視するGRI基準のいずれか一方を採用するだけでは、ダブル・マテリアリティが反映されたことにはならないというのが共通の認識である。

 責任投資推進NGOのShareActionの金融セクター戦略ディレクターを務めるウルフギャング・クーン(Wolfgang Kuhn)氏はRIに対し、情報開示の要件を策定する際には、財務上のマテリアリティ以上の要素、すなわち企業が社会に及ぼす影響も、考慮することが欠かせないと語る。

 「投資家が気候変動の緩和に寄与するという目的を持たない限り、世界中で情報開示が行われても現行の気温上昇ペースを大きく変えることはないだろう」と同氏は説明する。

 では、英国はダブル・マテリアリティについて欧州のグループほど関心がないのだろうか。ShareActionのキャサリン・ハワース(Catherine Howarth)CEOは、英国内では一部でこの問題がなお活発に議論されているが、サステナブル金融の新たな情報開示ルールにこれを盛り込んでいるEUとは違い、英国はまだ「これが当然のように規制に組み込まれる段階には至っていない」との見方を示している。

 さらに、「その意味で英国は出遅れている。だが、このまま欧州に追いつかなければ、英国の投資業界は欧州の規制当局から同等性評価を得られにくくなり、2021年1月以降は欧州市場における顧客へのアクセスが限定されかねない。そうした事態にならないことを期待したい」とも述べた。

 「米国のアセットマネジャーの多くは欧州業務の拠点をロンドン以外の場所に置いており、こうしたテーマについては保守的な立場をとる傾向がある。これは、米国では受託者責任に対する考え方がより保守的であることを示しているにすぎない」

 CDSBのジモニ氏によると、FRCはPublic Interest Reportの発行に関する提言において、ダブル・マテリアリティについて言及している(こちらのRI記事を参照)という。だがダラム大学ビジネススクールのキャロル・アダムズ(Carol Adams)教授は、FRCがSASB基準のうち財務上の重要性に基づく気候変動関連情報の開示基準のみを適用しようとしていることに失意を示している。

 アダムズ教授は、こうした動きはTCFDが促す、気候変動の物理的リスクを含む、幅広い考え方の土台を揺るがしかねないとした上で、「会計規制当局が気候変動およびサステナビリティの情報開示に関与したいのであれば、変革の促進につながる要因とそれを阻害しかねない要因を把握する必要がある。これについては既に多くの研究が行われている」と述べている。

 また同氏は、英国がEUの取り組みを顧みないことにも触れ、ここ数年結束に向けて進んできた世界のさらなる細分化を招きかねないと警告している。

 「IFRS財団はEUと足並みをそろえることを明言し、基準の数を絞り込む必要性も訴えている。ただ、投資家的なマテリアリティの認識を追い求めるだけでは、実現はおぼつかないだろう」とした。


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【参照】Responsible Investor,  Carlos Tornero「How the UK's new TCFD rules look set to reflect post-Brexit alliances and miss double materiality」2020年11月13日(2020年12月21日情報取得)


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