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 2020年9月、IFRS財団が「サステナビリティ報告に関する協議ペーパー」を公表し、12月31日を期限に意見募集を始めた。IFRS財団とは国際会計基準審議会(IASB)の設置団体である。各国の財務報告に強い影響を持つ。そのIFRS財団が今度はサステナビリティ基準審議会(SSB)を設立してサステナビリティ情報(ESG情報)の開示基準の策定に乗り出そうというのである。だが、そう簡単にいくだろうか。同じ2020年9月に世界経済フォーラムも報告書を出し、CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの5団体は共同ステートメントを公表した。ESG情報の開示基準やフレームワークをめぐる綱引きはいよいよ激しくなってきたようにも見える。これらの動きはどこに向かうのか、2020年9月に出た3つの文章を見比べながら考えてみたい。

1.ステークホルダー資本主義を「測る」 - 世界経済フォーラムの提案

 ESG情報の開示には基準やフレームワークが多い。どれに従ったらよいかわからない、現場の負担が増すばかりだ。そういう声があるのだろう。基準やフレームワーク間の整合化を図ろうという試みは、少し以前から活発化してきた。

 簡単に振り返ってみると、まず2014年にIIRCが主導して「企業報告ダイアログ(Corporate Reporting Dialogue: CRD)」というネットワークが設立された。これにはCDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの主要5団体(注1)に加え、IASB、国際標準化機構(ISO)、アメリカの財務会計基準審議会(FASB)が参加している(ただしFASBはオブザーバー)。

 CRDはESG情報の開示基準やフレームワーク間の整合性を高めることを目的にして、2018年に上記の主要5団体による「より良い連携プロジェクト(Better Alignment Project)」を開始した。2019年9月にはその成果として、TCFDの開示要求事項との関係を整理した報告書(注2)を公表した。

 一方、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムは2018年に「ESGのための効果的なエコシステムの構築(Building an Effective Ecosystem for ESG)」と題したプロジェクトを開始し、2019年1月に報告書(注3)を公表した。そこでは、基準設定機関だけなく、ESG評価機関やデータプロバイダーなど、ESG情報に関わる組織の関係の全体を1つのエコシステムと捉え、その透明性を高めることなどを提言した。企業の負担感はGRIなどの開示基準だけの問題ではなく、ESG評価等も含むエコシステム全体の問題だという点は重要な指摘だろう。

 さらに世界経済フォーラムは2019年末に「ダボス・マニフェスト2020」を公表し、ステークホルダー資本主義を改めて強調した。そしてフォーラムの中の国際ビジネス評議会(International Business Council: IBC)によるプロジェクトの成果として、2020年9月に『ステークホルダー資本主義の測定(Measuring Stakeholder Capitalism)』と題した新たな報告書を公表したのである。この報告書では、既存の開示基準やフレームワークを基に、サステナブルな価値創造に関する共通指標を検討し、最終的に、21のコア指標と34の拡張指標を提案した(注4)。

 本稿末尾の表1に、提案された21のコア指標を示した。一見してわかるように、ガバナンス(Governance)、地球(Planet)、人間(People)、繁栄(Prosperous)の4つの側面に分けて、サステナビリティに関する代表的な指標が抽出されている。比較可能性を意識して定量的な指標を多く採用している点はSASBに似ているが、SASBと異なり、業種別の提案はしていない。個々の指標はGRIやSASBなどの既存の指標と紐づけられている。これは新たな指標を作ることで混乱を助長しないようにとの配慮からだが、結果的に、既存の開示基準の縮小版になったという印象は否めない。既存の開示基準やフレームワークは複雑で一貫性に欠けるとの批判があるが、この提案は結局、複雑さを減らすために、指標の数を減らして簡易版を作ったということになるのではないか。

 もっとも、ESG情報の開示と評価が全体として1つのエコシステムだとすると、この提案が上手く機能する保証はない。評価のあり方など他の要素も同時に変わらない限り、システムの中の一部だけを部分的に変えることは難しいからである。

2.基準設定機関が目指す連携の強化

 包括的な企業報告に向けて協働する - 世界経済フォーラムの報告書が出たのと同じ2020年9月に、CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの5団体は、共同でこのような声明を公表した(注5)。キーワードは、「ダイナミックマテリアリティ」と「ビルディングブロックアプローチ」である。

 声明ではまず、サステナビリティ報告は財務報告に比べ必然的に複雑になると指摘する。その理由はサステナビリティ情報の利用者とその利用目的が多様であり、そのためマテリアリティの概念も単一ではないからである。

 彼らによればサステナビリティ報告は30年以上前に多様なステークホルダーに対するアカウンタビリティとして始まった。ステークホルダー資本主義が提唱される今日、幅広いステークホルダーに対するサステナビリティ情報の開示はこれまで以上に重要性を増している。他方、ある種のサステナビリティ課題は企業価値と関係することが明確となり、そのリスクと機会を理解することが企業と投資家の双方にとってますます重要となっている。現行の財務会計に織り込まれていないそれらの情報は、重要な補完的意味を持つ。

 したがってサステナビリティ情報開示には2つのマテリアリティ概念があるという。1つは、企業が環境や社会(声明の表現では経済、環境、人間)に与える影響という観点でのマテリアリティ、もう1つは企業価値創造に与える影響という意味でのマテリアリティである。このそれぞれから導かれるサステナビリティ課題は別々のものではなく、後者は前者の部分集合と考えられている。

 しかもマテリアリティは時と共に変化する。それまで見過ごされてきた課題が環境や社会にとって重要だと分かったり、それがさらに企業価値と関係するようになったりする。このようにマテリアリティが動的に変化するという概念をダイナミックマテリアリティと呼んでいる(下記図1参照)。

 その上で彼らは、より包括的な企業報告システムに対するニーズが高まっているとして、相互に協調するビジョンを提示する。鍵となるのは、共通のサステナビリティ課題に関する合意である。まず多様なステークホルダーにとって重要なサステナビリティ課題が合意され、その中から企業価値に影響するサステナビリティ課題が抽出される。このように2つのマテリアリティを調和させることで、企業は一度情報を集めれば、それを異なる情報ニーズのために使えるようになるというのである。

 この概念を視覚化したのが、下記の図2に示すビルディングブロックアプローチである。図の中で家の形の部分が企業報告システムの最初のビルディングブロック(構成要素)で、企業価値に関連する投資家向けの開示基準を示す。その外側が第2のビルディングブロックで、より幅広いステークホルダー向けの開示基準である。このように基準間の連携を図ることで、サステナビリティ課題がシームレスに投資家向けの統合報告へと連動できるとしている。

 先に述べた世界経済フォーラムの提案とは違い、指標を簡略化する気はないようだ。開示基準が複雑だという批判に対しては、指標の数の削減ではなく、基準間の関係を整理し、連携を強化することで応えようという構想である。また声明ではこうも述べている。「主要な基準設定機関のグループとして、サステナビリティ開示のフレームワークと基準がグローバルな正当性を得ることによって、IFRSを通じて財務報告システムが到達したのと同じレベルの成熟度に達することを目指している」と(注6)。ここには、自分たちがサステナビリティに関する開示と評価のエコシステムの中で中心的な役割を果たすという強い決意が表れている。だが、そんな中、IFRS財団が基準策定に名乗りを上げてきた。

3.サステナビリティ基準審議会設立の構想

 2020年9月に出たこの分野に関わる3つ目の文書が、冒頭で述べたIFRS財団による協議ペーパー(Consultation Paper)である(注7)。IFRS財団とは、国際会計基準(正式には国際財務報告基準―IFRS)を策定するIASBを設置した、いわば上位団体である。そのIFRS財団が、今度は、サステナビリティ基準審議会(Sustainability Standards Board: SSB)を設置しようというのである。

 提言の趣旨はわかりやすい。現在、サステナビリティ報告に関する基準やフレームワークが多く、複雑だ。一貫性と比較可能性に欠け、企業と投資家に混乱がある。IFRS財団がこの分野で何らかの役割を果たすべきだとの要請がある。そこで3つの選択肢を検討した。①現状維持、②既存のイニシアティブ間の調整、③SSBの設立の3つである。

 このうち①はIFRS財団に対するステークホルダーからの要請に応えることにならない。②もかえって混乱を助長する可能性がある。したがって③が最善と考えられる、というのである。意見募集の形をとっているが、実際にはSSBの設立は既定路線のように見える。既存のイニシアティブとも協力する、最初は気候変動関連の情報に焦点を当てる(climate-first approach)、その後に範囲を広げる、などの方針が示されている。

 マテリアリティに関しては、企業価値への影響の大きさを基礎とするシングルマテリアリティの考え方を取っている。これは、投資家にとって有用な情報を提供するというIFRS財団の本来のミッションを反映し、現行の国際会計基準とも整合的である。一方、企業による環境や社会への影響も考慮するダブルマテリアリティを採用することは作業の複雑性を増すと懸念を示している。ただし漸進主義的なアプローチをとるとして、将来の拡張に含みを持たせている。

 このSSB構想に何を感じるだろうか。開示基準が厳格化されることへの懸念か。それとも開示基準やフレームワークの乱立が解消し、混乱が終わることへの期待だろうか。

 おそらく、当面、気候変動に関わる開示に焦点を当てる間は、実質的な影響は大きくないのではないか。TCFDやCDPなど、この分野の議論はすでに相当進んでおり、SSBができたからといって、既存の開示基準やフレームワークを超える開示アイディアが出てくるとは考えにくい。

 一方でSSBが扱うサステナビリティ課題の範囲が気候変動以外に広がった時、SSBの基準が今より簡潔でわかりやすくなる保証はない。今でも国際会計基準(IFRS)は膨大すぎて、分かりにくいという批判があるくらいである(注8)。また、いかにIFRS財団に権威があろうとも、ESG評価のあり方などが同時に変わらなければ、非財務情報開示だけを変えることが難しいという点は、世界経済フォーラムの提案の場合と同様である。さらに、GRIやIIRCなどの既存の基準・フレームワーク設定機関との関係がどうなるかも未知数である。つまりSSBの基準がどう機能するかは、現時点では全く見通せない。

 だが重要なのは、「IFRS財団が」動き出したということの意味である。元々、サステナビリティ情報の開示基準は任意だった。基準やフレームワークが複雑で企業の負担が重いなら、自社の判断で取捨選択すればよいではないか。だが、それがだんだん難しくなってきた背景には、基準設定機関だけでなく、ESG評価機関やESG投資家を含むエコシステムの成長がある。IFRS財団の参入が象徴するのは、サステナビリティ情報の開示と評価が、今やメインストリームのプレイヤーたちの守備範囲だと認められ始めたという事実である。

 2020年2月には欧州委員会が非財務情報開示指令の改正に関する意見募集を開始し、他方でTCFDの義務化を求める議論も聞かれ始めた。サステナビリティ情報・ESG情報の開示は新たなステージに入ったと言えるのではないだろうか。

 

<謝辞>
本稿執筆にあたっては、QUICK ESG研究所アナリストの平井采花氏の調査から多くの有益な示唆を頂いた。記して謝意を表したい。

<注>
(1)CDPは、旧Carbon Disclosure Project。気候変動、森林コモディティ、水問題に関して、投資家の署名を得て企業に情報開示を求めている。CDSBは、Climate Disclosure Standards Boardの略で気候変動に関する開示基準を提言している。GRIはGlobal Reporting Initiativeの略でサステナビリティ報告に関する国際ガイドラインを提言してきた。現在はグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)を通じて「GRIサステナビリティ報告基準(GRI Standards)」を策定している。IIRCはInternational Integrated Reporting Councilの略で統合報告の国際フレームワークを提供している。SASBはSustainability Accounting Standards Boardの略でサステナビリティ情報開示の業種別基準を策定している。

(2)Better Alignment Project(2019), Driving Alignment in Climate-related Reporting – Year One of the Better Alignment Project .

(3)World Economic Forum(2019), Seeking Return on ESG: Advancing the Reporting Ecosystem to Unlock Impact for Business and Society.

(4)報告書の作成に先立ってIBCはまず、デロイト、KPMG、EY、PwCという四大会計事務所の協力を得てサステナブルな価値創造に関する共通指標を検討した。2020年1月に原案を公表し、同年7月までに200社以上からのフィードバックを受け、同年9月に報告書として公表された。

(5)CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASB(2020), Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting.

(6)CDP et al.(2020), p.10, ‘As a group of leading standard-setting organisations, we are trying to arrive at the same level of maturity that the financial reporting eco-system has achieved via IFRS and US GAAP, by achieving global legitimacy for sustainability disclosure frameworks and standards, as part of a comprehensive corporate reporting system.’

(7)IFRS Foundation(2020), Consultation Paper on Sustainability Reporting.[邦訳:IFRS財団(2020年)『サステナビリティ報告に関する協議ペーパー』]。

(8)Baruch Lev and Feng Gu(2016), The End of Accounting and The Path Forward for Investors and Managers, John Wiley and Sons, Inc.[邦訳:伊藤邦雄監訳(2018年)『会計の再生:21世紀の投資家・経営者のための対話革命』中央経済社]

 

図1 ダイナミックマテリアリティ
chart_1

図2 ビルディングブロックアプローチ
chart_2
出所:CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASB(2020), Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reportingより抜粋。

表1 世界経済フォーラムが提案する21のコア指標の概要(ただし「説明」の部分は要約である)

分野 テーマ 指標 説明
ガバナンスの原則(Principles of Governance) ガバナンスの目的 目的の設定 表明された企業の目的。株主を含むすべてのステークホルダーのために価値を生まなければならない
  ガバナンス組織の質 ガバナンス組織の構成 環境、社会、経済の専門性、社内と社外、独立性、ジェンダー、代表するステークホルダーグループなどの構成
  ステークホルダーエンゲージメント ステークホルダーに影響を与える重要課題 主要なステークホルダーにとって重要な課題のリスト、そのトピックスをどのように特定し、どのようにエンゲージメントするのか
  倫理的行動 腐敗防止 腐敗防止の研修を受けた役職員の比率、汚職等の事件の件数と内容など
    倫理的助言と内部通報制度 倫理的・合法的行動に関する助言と内部通報制度
  リスクと機会の監督 ビジネスプロセスへのリスクと機会の統合 当該企業に固有の主要なリスク・機会の開示
地球(Planet) 気候変動 GHG排出量 GHGプロトコルに基づくScope1及び2のすべての排出と重要性のあるScope3排出量の推計
    TCFDの実施 TCFD提言の完全な実施。パリ協定及び2050年までにネットゼロに整合する排出目標を設定しているかどうかについての開示
  自然の喪失 土地利用と生態系への配慮 保護地域またはKBA(key   biodiversity areas)の中ないし隣接して所有・リース・管理している地域の数及び広さ
  淡水利用可能性 水使用量及び水ストレス地域における取水 水ストレス地域での水消費量と比率、バリューチェーンでの同様の情報の推計
人間(People) 尊厳と平等 多様性とインクルージョン 雇用カテゴリー別の年齢、ジェンダー、人種等の雇用比率
    給与の平等 雇用カテゴリー別の性別、人種等による基本給及び報酬格差
    賃金水準 地域の最低賃金と比較したジェンダー別の初任給の比率、従業員給与の中央値とCEOの総報酬との比率
    児童労働・強制労働のリスク 自社及びサプライヤーにおける児童労働・強制労働のリスクの説明
  健康と福祉 健康と安全 死亡事故・労働災害の数と比率
  将来のためのスキル 教育訓練  ジェンダー及び雇用区分別の1人当たり教育訓練の平均時間及び費用
繁栄(Prosperity) 雇用と富の創出 雇用者数と比率  年齢、ジェンダー、地域、その他のダイバーシティ指標別の新規雇用者数、新規雇用比率、離職率
    経済的貢献  直接的な経済価値の創出額と、売上、管理費、給与及び福利厚生費、資本費用、税額、コミュニティ投資の内訳
    金融・投資への貢献 総資本コスト、自社株取得額、配当額とそれらについての戦略の説明 
  より良い製品サービスのイノベーション 研究開発費総額  研究開発関連の総費用
  コミュニティ及び社会の存続 納税額  法人税、資産税、売上税その他の付加価値税等を含む世界全体での総納税額と内訳

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛