medicine
RI_logo

 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 Investors for Opioid and Pharmaceutical Accountability(IOPA)は61の機関投資家が参加する投資家イニシアチブで、運用資産総額は4兆2,000億ドルに上る。2020年の株主総会シーズンからは従来の名称であるInvestors for Opioid Accountabilityを改め、オピオイドだけでなく幅広い薬剤と医療にも注目している。本稿では、IOPAのドナ・マイヤー(Donna Meyer)副会長による詳細な説明を紹介する。

 IOPAは2020年の株主総会シーズン中も、米国で深刻化しつつあるオピオイド危機に歯止めをかけるための活動を続けてきた。新型コロナウイルスのパンデミック下では、失業やストレスなどが原因とみられる過剰摂取による死亡事例が増えているだけに、IOPAの取り組みはより重要性を増している。

 街角で手に入る薬物の使用者のうち約80%は、処方薬としてのオピオイドの誤用がきっかけで依存症に陥っている。IOPAはこれがオピオイド危機の根底にある問題であると考え、処方されるオピオイドに注目している。我々はまずオピオイドの製造、流通および販売に携わる企業の取締役会が当該事業のリスク監視を怠っていたことを重視した。2020年の株主総会シーズンからは、製薬会社に対し、オピオイドのサプライチェーン管理に加え、反競争的な慣行に対する説明責任を求めた。

 IOPA参加組織は、有効なガバナンスは企業の必須条件であるとの考えの下、セクター全体で以下に挙げるガバナンスのベストプラクティスを導入するよう促している。

オピオイド事業リスクに対する取締役会の監督責任

 IOPAは企業に対し、オピオイド関連リスクを軽減する方策として、取締役による監督委員会またはタスクフォースを設置、リスク管理のプロセスに独立取締役が含まれているか否かの報告を求めた。ジョンソン&ジョンソン(JNJ)とウォルマートの株主は今年の総会で、オピオイド関連事業が自社の事業全体に占める割合はごく小さいため、取締役会はその監督責任を負わないとする両社のスタンスに異議を唱える議案を提出した。JNJの総会で同議案は61%の賛成票を獲得した。一方、ウォルマートの株主は、会社側が今年10月までの報告書作成を約束したことを受け、議案を撤回した。過去の事例では、同様の株主議案が60%を超える賛成票を得ていることもあり(マリンクロット・ファーマの事例では79%)、議決に至る前に会社側が報告書の作成に同意するケースが多い。2020年の株主総会シーズンが終了した時点で、IOPAに対してオピオイドのサプライチェーンの監督状況に関する調査報告書を提出したか、その旨を約束した企業は15社に上る。その中には、オピオイドの製造に関わる全ての企業(8社)、全ての主要流通業者(3社)、および販売業者(4社)が含まれる。

取締役会の議長に独立取締役を任命

 取締役会は投資家の利益を代表する存在である。経営陣にとって耳の痛い質問も受け入れる体制を作るためには、過去に当該企業の経営に関与したり、当該企業と何らかの取引または雇用関係を結んだりした経験のない、独立性のある人物を取締役会の議長に据えることが不可欠となる。そこで製薬会社の株主は、独立取締役の議長任命を求める動きを強めている。 IOPAのエンゲージメントを受け、オピオイド流通業者のうち最大手の3社が独立取締役の議長任命に同意した。現在、S&P500指数構成銘柄のうち米国に本拠を置く企業の53%は取締役会議長とCEOの役割を分けており、その比率は10年前の37%から上昇した。S&P500指数構成銘柄のうち33%の企業は独立取締役を議長に任命しているほか、ISSの報告書によると、独立取締役の議長任命を求める株主議案への支持も急増している。こうした動きは大手の上場企業では一般的になりつつあり、欧州やアジアの製薬会社の間でも標準化しているが、米国の製薬会社は特に独立取締役の議長就任を重視している。オピオイド関連訴訟のような危機発生時には、経営陣の対応能力が問われるためだ。2020年の株主総会シーズン中、IOPAは製薬会社7社に対して株主議案を提出し、それぞれ30~45%の賛成票を獲得した。企業論争を取り巻く論争についてより具体的な議案を提出すれば賛成票を得やすくなることもわかり、IOPAは来シーズンの再提出を目指している。

 IOPAはまた、株主と経営陣双方の利益に準じた3つの役員報酬ルールを推奨している。

1. クローバック条項とその適用事例に関する情報開示

 クローバック条項はコンプライアンスを重視し、経営陣が自社およびその株主に損害をもたらす行動によって経済的利益を得ることを禁じる内容にすべきである。IOPAはクローバック条項に(a)法令または規制を順守せずに自社に深刻な経済的損失または風評被害をもたらすなど、会社の方針に違反した場合にはインセンティブ報酬を返還させる、(b)そうした事例があった場合は招集通知で株主に情報開示するよう推奨している。経営幹部の行動が株主に経済的損害を与えたり、会社の評判リスクを脅かしたりする場合は報酬を返還させるべきである。 

 クローバック関連の株主議案について会社側がSECに異議を申し立てたケースでは、ことごとく株主側に有利な決定が下されており、アセットマネジャーの多くもクローバック条項の策定を支持している。マイランとウォルマートは今年の株主シーズン中に、同条項に関する情報開示を行うことで株主と合意した。IOPAのエンゲージメント対象企業11社のうち10社は情報開示を含む厳格なクローバック規定を制定した。唯一の例外であるイーライリリーについては、クローバック規定を求める株主議案に41%の賛成票が投じられ、来年再提出される見通しである。

2. GAAPに基づくインセンティブ報酬の決定または修正処理を行った場合の情報開示

 インセンティブ報酬は、一般に役員報酬のかなり大きな部分を占めている。役員報酬には修正会計処理が使われる場合が多く、一般会計原則(GAAP)とは全く異なる方法で会計処理されている。IOPAは、インセンティブ報酬の算出にあたってはGAAPを使うよう企業に推奨している。また、特別な方法でインセンティブ報酬を算出する企業に対しては、GAAP以外の会計処理方法を採用した旨を明らかにした上で、GAAPとの整合性を招集通知で説明するよう促している。このことはオピオイドだけでなく他の医薬品にも当てはまる。企業が役員報酬を決める際には、訴訟和解金は考慮しないことが多いからだ。

 2019年と2020年には、アメリソース・バーゲン、イーライリリー、マリンクロット、マッケソン、およびテバが全般的な修正会計処理もしくはオピオイド関連訴訟費用に関連した修正処理について開示することに同意した。役員のインセンティブ報酬の会計処理はGAAPのみに基づいて行うよう求めた株主議案は、ごく少数の賛成票しか得られなかった。そのため、今後の株主議案では、GAAPにどのような修正処理を加えたのか開示するよう企業に求める方針である。

3. インセンティブ報酬の繰り延べ払いルールの採用 

 2020年の株主総会シーズンには、IOPA参加組織と10数社の製薬会社、流通業者および販売業者が従来の株主議案提出手続きの代わりに、インセンティブ報酬の繰り延べをテーマに立ち上げられたワーキンググループに参加した。投資家は、ワーキンググループの活動期間中に年次株主総会を開催し、この問題に取り組むことを約束した企業について、賞与の繰り延べ払いを求める株主議案を取り下げるか、提出を見送ることを決定した。厳格なクローバック条項を設けている企業は多いが、それを実践している企業は限られる。

 ワーキンググループの議論は最終局面にあるが、初秋まで延期される可能性もある。投資家は賞与の繰り延べ払いが標準的なベストプラクティスとなり、企業の報酬委員会がインセンティブ報酬と賞与の支払いをより柔軟に管理できるようになることを望んでいる。

 2018年には、オピオイド鎮痛薬の処方量が2006年以降で最低水準となった。IOPAは今後も処方される鎮痛剤の販売・流通の監督状況のモニタリングを続け、こうした薬剤が乱用されることなく合法的に使用されるよう促す一方、それらの製造・流通・販売に関わる企業のガバナンスに関するエンゲージメントを通じて、医療サプライチェーンのリスク軽減に取り組みたい。


RI_logo

【参照】
Responsible Investor, Donna Meyer「The opioid epidemic and anticompetitive practice risks in pharmaceuticals and healthcare: an investor response」2020年9月30日(2020年10月30日情報取得)


QUICK ESG研究所