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新型コロナウイルスのパンデミックは、多くのことを変えた。もはや以前と同じ世界には戻れないと人は言う。たしかにそうかもしれない。だが問題は、それがどのような方向への変化なのかということだ。このまま流れに任せておけば、よりサステナブルな社会が選ばれることになるだろうか。それともこの災いを転じてよりよい社会づくりへの起点とするには、何かをする必要があるのだろうか。そうだとすれば、それは何だろうか。

 1.世界62位の幸せ度

 日本は9年前にも大きな災厄に見舞われた。言うまでもなく、2011年の東日本大震災である。自然の猛威を経験し、絆や共生といった価値観に注目が集まった。これを機に社会が変わると多くの人が思ったのではないか。では、実際に社会はどう変わっただろうか。

 さまざまな見方があるだろう。よい変化もあったと思いたい。だが、国連の調査によれば2012年以降、日本人の幸福度は下がり続けてきた。

 2020年3月に国連は、8回目となる『World Happiness Report(世界幸福度報告)』を公表した。その結果、調査対象となった153か国中、日本の幸福度は62位だったのである。

 え?62位?と思わないだろうか。調査対象の半分となる77位よりはやや上だが、日本は世界第3位の経済大国である。62位は低すぎないか。次の表1は順位の一部を抜粋してまとめたものである。

(表1)各国の幸福度ランキングの抜粋

順位

国名

順位

国名

順位

国名

1位

2位

3位

4位

5位

6位

7位

フィンランド

デンマーク

スイス

アイスランド

ノルウェー

オランダ

スウェーデン

13位

14位

18位

25位

27位

31位

32位

イギリス

イスラエル

アメリカ

台湾

サウジアラビア

シンガポール

ブラジル

38位

46位

48位

50位

61位

62位

94位

ウズベキスタン

ニカラグア

クウェート

カザフスタン

韓国

日本

中国

出所:World Happiness Report 2020, p.20-21を基に筆者作成

 北欧諸国が上位を独占しているのは予想通りとしても、日本の幸福度はサウジアラビアやブラジルより低いのか。いや、そもそも国民の幸福度など、どうやって測るのか。

 実は、このランキングはギャラップ社の世界世論調査(Gallup World Poll)の結果に基づいている。具体的には、「キャントリルの梯子の質問(Cantril ladder question)」と呼ばれる質問への回答の国別の平均値が基になっている。これは、アメリカの心理学者だったハドレー・キャントリル(Hadley Cantril)が考案した方法で、あり得る最高の状況を10、最悪の状況を0とする梯子をイメージし、自分の現在の生活が10段階の梯子の何段目にあるかを答えてもらうという質問である。それは、現在の生活に対する回答者の主観的な評価を表している。

 なんだ、主観的な評価か。そう思うだろうか。それでは当てにならない、と。たしかに国別の比較には、国民性が反映する面があるかもしれない。何か聞かれると控えめに答える性格とか、現状を批判的に捉えがちな国民性といったものがあるのかもしれない。しかし、時系列でみても、日本の幸福度は下がり続けているのである。次の表2は第1回調査(2012年版)以降の日本の幸福度の変遷を示したものである。2013年の43位以降、順位が年々下がっているだけでなく、人々が評価する点数そのものも下がっていることがわかる。

 そこで冒頭の疑問になるのである。2011年の震災以降、私たちは何を求め、社会はどう変わってきたのか。少なくとも絆や共感が高まって、幸福度の高い社会になるという方向には進まなかったように見える。なぜだろうか。

(表2)日本の幸福度の変化

調査年

順位

点数

2012年版

2013年版

2015年版

2016年版

2017年版

2018年版

2019年版

2020年版

44位

43位

46位

53位

51位

54位

58位

62位

6.064

5.987

5.921

5.920

5.915

5.886

5.871

出所:毎年のWorld Happiness Reportを基に筆者作成。なお2012年版は点数の記載がない。また、2014年版は作られていない。

 

2.何が幸福度を決めるのか

 『World Happiness Report』は幸福度を左右すると思われる要因を6つあげ、回帰分析を行っている。回帰モデルの当てはまりの良さを示す決定係数(1に近づくほど当てはまりが良い)は、調査全体では0.751だが、このレポートに掲載されたグラフを見ると、6つの要因で説明できない部分の大きさは国によってかなりばらつきがある(下記、図1参照)。6つの要因とは、①一人当たりGDP、②健康寿命、③社会的サポート(困ったときに頼れる人がいるか)、④生活の自由度(生活・人生の選択の自由に満足しているか)、⑤寛容さ(過去1か月に行った寄付額のGDP比率)、⑥社会の不正への疑い(政府・企業で不正が広がっていると思うか)である。③、④、⑥はYes(1点)かNo(0点)かで答えるギャラップ社の世論調査の結果を用いている。

 このうち②の健康寿命は、WHOの資料によると日本は2016年時点で74.81歳であり、シンガポールに次いで世界2位である。また、①の一人当たりGDPはIMFの統計によると2018年時点で26位である。2012年以降の推移をみると、円安の影響でドル建てでは下がっているものの、円建てでは毎年増加している。つまり、これらの面では日本はそんなに悪くない。

 この2つ以外の③から⑥の要因を、2020年のレポートでは「社会環境」と位置付けている。そして北欧諸国の幸福度が高い理由は、この社会環境で表される「個人への信頼」と「社会制度への信頼」が高いからではないかとの分析を披露している。さらに、不平等が平均的な幸福度を下げるが、信頼度の高い社会に住む人は不平等の影響が緩和されると示唆している。また、自然環境が幸福度に与える影響についても2章を割いて分析している。

 より詳細な検討を行っているのが、OECDの「Better Life Initiative(より良い暮らしイニシアチブ)」による『How‘s Life 2020 - Measuring Well-Being』レポートである。このレポートは、幸福度といった単一の指標で国をランキングすることはせず、代わりに、現在のより良い暮らしに関わる11の側面と、将来のそれを左右する4つの資本を特定し、80以上の具体的な指標の比較を示している。対象はOECD37か国を含む41か国である。11の側面とは(1)収入と富、(2)住居、(3)雇用と労働環境、(4)健康、(5)知識とスキル、(6)環境の質、(7)主観的幸福度、(8)生活の安全、(9)ワークライフバランス、(10)社会的つながり、(11)市民参加であり、4つの資本とは(a)経済資本、(b)自然資本、(c)人的資本、(d)ソーシャルキャピタルである。

 日本の幸福度が下がっている理由は、これらの要因のどれかにあるのかもしれない。だが、より重要な問いは、そもそも日本の政策が幸福度を高めることを目的にしてきたのかということだろう。目的として追求していないなら、指標の数値が下がっても不思議はない。

 国連の調査は、幸福度を測る指標の開発を求めた2011年の国連総会の決議*1が基になっている。その背景には、GDPだけでは経済的豊かさの政策指標として不十分だという認識があった。それ以前から、GDPが必ずしも国の豊かさを正しく表していないとの指摘は何度もなされてきた。90年代にはグリーンGDPが提唱されたし、2008年には当時のフランスのサルコジ大統領が主導して、スティグリッツ教授を委員長とした委員会を立ち上げ、生活の質を測定する新たな指標の検討がなされた。2011年の国連決議も、幸福度という新たな政策指標を加えることで、GDP中心の政策目的を見直そうという意図があった。

 それでは実際には、日本は2012年以降、政策目的として何を最も追求してきたのか。そしてそのことは、ESG投資や企業のサステナビリティ戦略とどのように関わるのだろうか。

 

3.日本は何を優先してきたのか

 GDPを補う政策指標が「幸福度」であるべきかについては、さまざまな意見があるだろう。また、政策目的は1つではなく、多様な政策が同時に進められる。日本もSDGsを推進しているし、ワークライフバランスの改善や働き方改革、女性の活躍促進などにも取り組んでいる。2012年の末に成立した第二次安倍内閣は、消費税率を2回引き上げ、平成天皇の退位を実現し、アメリカを除く環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)を発効させるなど、さまざまなことを行ってきた。だが、安倍政権の最大の目玉政策が何だったかと言えば、アベノミクスであることに異論はないだろう。

 金融政策、財政政策、成長戦略の「三本の矢」で経済の浮揚を図る政策である。中でも2013年に就任した黒田日銀総裁による、2年で2%のインフレ目標達成を目指した量的緩和政策はインパクトがあった。2%のインフレ目標は実現していないが、たしかに株価は回復した。

 成長戦略の核となる日本再興戦略では、2014年に日本版スチュワードシップ・コード、2015年には最初のコーポレートガバナンス・コードが導入され、2014年には伊藤レポートも公表された。これらは日本でESG投資が広まる契機となった。一方でROE8%という数値に注目が集まった。

 他方、2020年3月にはパリ協定に基づく国別目標(NDC: Nationally Determined Contributions) を国連に提出したが、その際、2030年までの温室効果ガスの削減目標を全く引き上げなかったことなど、環境面でのリーダーシップは見えにくかった。これらを総合して考えれば、政策の優先順位は経済、中でもGDPの成長と株価にあったと言ってよいのではないか。

 もちろん経済は重要である。株価も高い方がよい。特に今回のパンデミックでは、普通に経済が回ることがいかに大事かということに、私たちは改めて気づかされた。だが同時に、経済的な富や機会の配分が極めて偏っており、危機のしわ寄せは経済的弱者に集中するという現実も、浮き彫りになった。国全体の幸福度が高くない理由がわかるような気がしないだろうか。

 問題は、さまざまな政策目的の中での優先順位は、多かれ少なかれ社会の平均的な価値観を反映しているのではないか、ということである。GDPと株価重視の政策がとられている現状は、社会の多数派の価値観がそうなっていることの表れかもしれない。どちらかと言えば短期志向になりやすいそのような価値観が強いとしたら、ESG投資や企業のサステナビリティ経営の足かせにならないだろうか。

 今、多くの企業で改めて企業のPurpose(目的/存在意義)とは何かを問い直そうという機運がある。大手の機関投資家は、負の外部性を削減することで中長期的な投資利益を守るユニバーサルオーナーシップの考え方を受け入れ始めた。だが社会の支配的な価値観や政策の優先順位が変わらない中で、企業だけがステークホルダー資本主義になれるだろうか。また、長期的視野に立った機関投資家の行動が社会にどこまで理解され、受け入れられるのか。

 そう考えると、新型コロナウイルスのパンデミックを経て、社会が本当に変わるためには、社会の価値観が変わる必要があるのかもしれない。だとすれば、このコラムのタイトルも、本来は次のように問うべきなのだろう。

 「コロナ以降、価値観は変わるか」 

 

図1 国別の幸福度ランキング
report1
report2
report3

出所:World Happiness Report 2020年版より抜粋

*1 日本語版 https://www.unic.or.jp/files/a_res_65_309.pdf


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛