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 本稿は、レスポンシブル・インベスターの掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。

 新型コロナウイルスの世界的なパンデミックは幅広い分野に影響を及ぼしており、中でも企業のサプライチェーンが抱える深刻な脆弱性を露呈しつつある。労働者の立場が弱い労働・生活環境はコロナウイルス感染拡大の温床となり、操業上の混乱や遅延の可能性が生じている。投資業界は現在、企業のサプライチェーンにおける人的資本の扱い方を今後いかに評価していくかを考える上で変曲点を迎えている。

 国際基準を満たさない労働条件はこれまで評判および規制リスクと考えられていたが、ここにきてオペレーショナルリスクとしても顕在化しつつある。投資家は、企業のサプライチェーン管理や事業継続性を評価する上で、末端レベルのサプライチェーンにおける労働者の脆弱性や劣悪な労働環境が企業運営に及ぼす影響を知ることが不可欠となる。

新型コロナウイルスの感染拡大で労働環境に起因するサプライチェーンリスクが増大 

 世界規模で発生している新型コロナウイルス危機だが、その影響の大きさは国や地域により異なる。感染予防策や予防に必要な資源の利用可能性が異なる上、リスクエクスポージャーのレベルにも差があるからだ。密集した環境で他の労働者と繰り返し、長時間働いている、低賃金で労働組合に参加していない労働者に依存している複雑なサプライチェーンを抱えるビジネスモデルは労働力の継続性の面で脆弱性を抱える。

 移民の農業従事者(その一部は強制労働)など経済的に脆弱な立場にある労働者は特に大きなリスクにさらされている。その多くは自主隔離または隔離措置がとれない、医療サービスを受けられない、ウイルスに関する情報を得られないなどの問題を抱えている。医療サービスが容易に受けられない理由として、医療機関の不足、その地域の言語や医療制度を理解していないことに加え、病院で受診すると滞在資格に影響が出かねないとの懸念が挙げられる。また、医療費が支払えない人もいる。 

 新型コロナウイルスの副作用の1つは、労働者が予防的サービスを受けられず、感染リスクにさらされるだけでなく、収入が減り、搾取されるリスクの高い労働に従事しかねないことだ。感染拡大を受けて小売業界では注文を取り消す動きが広がり、衣料品工場は完成品分の賃金を労働者に支払えなくなっている。国際労働機関(ILO)の試算によると、最悪の場合、世界全体の失業者数は2,500万人近くに上る可能性がある。米国ではウイルス感染拡大の影響で移民農業従事者が通う診療所が閉鎖され、高リスクにさらされる労働者が何の医療サービスも受けられない状況になっている。

 米国内の生産者は、感染拡大に伴う移動および移民受け入れの禁止によって農業労働者が10%減少するなど「甚大な」影響が出ると警告しており、感染者の増加によってさらに労働者が減るようなら、こうした労働者に依存する業界のサプライチェーンをめぐる投資家の懸念が現実のものとなるだろう。

 米国内の移民農業従事者は糖尿病などの持病があるか、生活・労働環境が劣悪である人が多いことから、こうした人々の間で感染拡大を最小限にとどめるのは難しい。例えば殺虫剤など農薬被ばくは免疫システムの低下を招くとされている。また、不衛生で密集した住環境は感染リスクをさらに増大させる。2018年の米労働省の調査では、雇用主が提供する移民農業従事者用住居は不衛生でウイルスなどが蔓延し、清潔な飲み水も確保できていないケースがあることがわかった。こうした住宅は狭い場所に密集しているため、感染症が拡大しやすい。米国連邦規則では移民労働者用の居住スペースは1人当たりわずか40平方フィート(6 x 7フィート=約180×210cm未満)を割り当てるだけで良いとされている。一方、CDC(米疾病対策センター)が推奨しているソーシャルディスタンスの距離は6フィート(約180cm)である。現時点で農家からはウイルスに感染した労働者を隔離する場所やスペースを確保できないとの声が上がっている。

 他の業種のサプライチェーンでは、労働者の密集した住環境が新型コロナウイルスの感染拡大を招いたケースが既に生じており、工場全体の閉鎖を余儀なくされる恐れも出ている。今後数週間で、感染拡大による工場閉鎖や生産停止は増えるだろう。一部の国は大人数での集会を禁止しているが、出稼ぎ労働者は今なお狭い空間にひしめいて生活しており、次回サッカーワールドカップ開催地カタールの建設労働者用施設も例外ではない。この場合もやはり、雇用主が提供する住居や移動手段における人口密度の高さがウイルス拡散のリスクを高め、事業継続性を脅かしている。

 現行の労働条件は、新型コロナウイルスのようなウイルスを拡散させる行動を促しかねない。雇用保障、有給休暇または疾病手当などないに等しい労働者は、健康を害するおそれがあっても働き続けるしかない。こうした労働者の脆弱性は、表向きは「自営業」であっても通常の労働者保護制度が適用されない「ギグワーカー」に依存する企業にとっても現実のリスクである。 

企業は末端レベルのサプライチェーンについて十分な情報を得ておらず、法令順守も徹底されていない

 企業が労働環境について十分に認識していなければ、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でサプライチェーンに混乱が生じる可能性は高くなる。大手グローバル企業の多くは自社のサプライチェーン(特に末端レベル)の所在地、それらが抱えるリスクとその対処方法について表面的に理解しているにすぎない。 

 オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の最近の報告書によると、世界的に知られた大企業を含む83社のサプライチェーンで強制労働が行われていることがわかった。そのうち自動車、電子機器、家電製品および衣料品メーカーは企業方針で強制労働の禁止を掲げているにもかかわらず、中国の工場で新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族を強制労働させていたという。

 強制労働と人権に関する現行の規制を遵守できている企業はごく僅かだ。カリフォルニア州サプライチェーン透明法や英国現代奴隷法は、企業に自社およびサプライチェーン上の人権への影響を説明するよう義務づけている。英国現代奴隷法は大手グローバル企業の大部分に適用されるが、対象13,000社のうち遵守しているのはわずか23%にとどまる。法による規制はますます強化されつつある。米国国土安全保障省 税関・国境取締局 (CBP)は2019年10月、強制労働により生産された製品の輸入禁止措置を発動し、これにより衣料品、ゴム手袋、鉱石の供給に影響が生じた。既にフランスとオランダは企業に人権デュー・デリジェンスの実施を法律で義務づけており、他の欧州諸国もこの動きに追随するとみられる。

持続可能なサプライチェーンには人的資本への配慮が不可欠 

 今後、企業にとって評判およびオペレーショナルリスクの規模はさらに増すだろう。事実の究明を訴えるジャーナリストや労働者団体が労働搾取の実態を明らかにする一方、企業間でも自社の基準を満たさないサプライヤーとの取引停止や特定の国・地域からの調達そのものを止めるといった動きが広がっているからだ[1]。企業の中には業務の遅延や混乱だけでなく、経済的負担を強いられるところもある。HPなどのサプライヤーであるCal-Compは労働者から徴収した採用斡旋手数料のうち約1,000万ドルを労働者に払い戻したとされ[2]、アップルのサプライヤーも同様に3,000万ドル以上を払い戻した[3]。

 企業は、重要な資産の保護・維持を怠った場合に生じる業務の混乱には注意を向ける。サプライチェーン上の労働者の生活、健康および安全についても同様に考えるべきである。「ブラックスワン」と呼ばれる事象(近年はその言葉とは裏腹に頻発する傾向にある)が生じれば、現在の複雑なサプライチェーンの弱点と脆弱性は増幅する。

 企業がリスク管理を強化するためには、潜在的なリスク要因に積極的に対応する必要がある。今後、投資家が事業継続性を評価する際には、人的資本と労働力の役割とそれに付随するリスクを考慮せざるを得ないだろう。例えば、目下のような危機に際して企業が保護の対象とするサプライチェーンの労働者に農業従事者も含めているかどうか投資家が知りたい場合には、労働組合に加盟している農業従事者の数を確認するのも1つの方法だろう。米国では組合員の多くは無料で医療サービスが受けられるからだ。

新型コロナウイルス危機後には投資家が企業のリスク管理を重視する動きをさらに強めるとみられ、悲惨な状況の下ではESG課題と短期思考を考慮する姿勢が求められるだろう。発生可能性は低いが、発生した際の影響力が大きい事象は、ESGが単に長期的リスクではなく短期リスクであることを示した。今や四半期ごとに何が起きるか全く予想もつかないのである。

[1]筆者はこの「cut and run」(錨のくさりを切って逃げるような、その場から離れることのみを優先する)のアプローチを支持しないが、多くの企業がこのアプローチを取っている。
[2] https://www.reuters.com/article/us-thailand-myanmar-workers-slavery-trfn/thai-electronics-firm-compensates-exploited-workers-in-rare-award-idUSKBN1YF03E
[3] https://www.apple.com/supplier-responsibility/pdf/Apple-Combat-Human-Trafficking-and-Slavery-in-Supply-Chain-2019.pdf 


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ESG国際会議>RI Tokyo 2020  9月15日(火)16日(水)に開催が決定。参加登録受け付け中
RIASIA

【参照】
Responsible Investor,   Felicitas Weber and Sonal Mahida「COVID-19 demonstrates the need to address ESG risks in supply chains」2020年4月7日(2020年5月11日情報取得) 


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