cricket

先日、コオロギを食べた。いや、正確に言えば、コオロギを材料に使ったお菓子を食べた。

 「え?コオロギ?」と思うか、「ああ、最近、流行ってるよね」と思うか、感じ方は人それぞれだろう。だが、食にまつわる問題は、今後さまざまな意味でESGの重要な論点になるに違いない。そこで今回は、コオロギを出発点にして、食料の問題を考えていくことにしたい。

1.昆虫を食べるということ

 「普通においしいじゃん、コオロギの味なんか全然しないよ。」

 「いやいや、食べたことないでしょ、コオロギなんて。」

 これが最初の感想だった。大学内の小さな会議の席で、おやつに、話題のコオロギのゴーフレットが出された。高崎経済大学の飯島研究室共同開発による「未来食『コオロギのゴーフレット』」とうたったお菓子である。少し前まで高崎駅の改札口を出たところにあるみやげ物広場で、のぼりを立てて売っていた。

 飯島明宏教授と、ゼミ生で4年生の桜井蓮氏らがフューチャーノート(Futurenaut)合同会社を設立し、タイからコオロギの粉を輸入して製造・販売したものである(1)。では、これはどういう研究と関わるのか。実は「美味しい」ということが大事なのだという。

 2019年9月に「INSECTA2019」と題した昆虫食をテーマにした国際学会がドイツのポツダムで開かれ、飯島教授と桜井氏を含む飯島研究室のゼミ生がいくつかの研究成果を発表した。そのうちの1つが「日本の若者の昆虫食に関する潜在意識の分析」である。これは、同大学の学生を対象に27個の質問を通して因子分析(factor analysis)を行ったものである。そして135人の回答から、昆虫食への意識として4つの因子を抽出している。「昆虫食の受容」「食料として評価」「安全や衛生への不安」「ネガティブなイメージ」の4つである。さらに、実際に食べてみた経験の有無によって、各因子のスコアが異なることを明らかにした。食べたことのある人は、ない人に比べ「受容」と「評価」のスコアが有意に高いというのである。

 この研究は結論を次のようにまとめている。まず、昆虫食に対する印象や評価を変える上で、経験の有無が決定的に重要である。また、昆虫食への心理的障害となるネガティブなイメージに注意が必要である。だからこそ、初めて昆虫食に触れるときの「触れ方」、つまり第一印象が大事なのである。「コオロギのゴーフレット」があまりコオロギを意識させず、美味しいお菓子に仕上がっている背景には、このような研究の成果がある。

 群馬県や長野県で筆者より少し上の世代だと、「イナゴなんて昔は普通に食べたよ」という人が多い。今でも温泉地に行くと土産物コーナーにイナゴの佃煮があるのを見かける。だから虫のことになると、「昔は貴重なタンパク源だったよ」という話題で、ひとしきり花が咲く。だが、そう言われても、今あえて食べようかという気にはなかなかなりにくい。

 また、世の中には未開の奥地に分け入っていくことを厭わない野性派の人もいて、そういう人から見ると、「なんだ、コオロギパウダーか。芋虫とかさ、昆虫をまるごと食べなきゃ、本物じゃないよな」ということになるかもしれない。たしかに加工度が低い方が環境への負荷が少ないという意味では良いかもしれないが、万人向きではない。そして万人向きでないことを求めている限り、普及しない。昆虫を食べることが「蛮勇」ではなく、「普通のこと」、「好きなこと」にならなければ、広がらないだろう。昆虫食のイメージを変えることが必要なのである。

2.食料問題はESG問題

 では、なぜ昆虫食を広める必要があるのかと言えば、人口の増加と肉食の問題に関わる。国連の2019年版の世界人口推計によれば、2019年の世界人口は77億人である。増加のペースが落ちたとはいえ、今後、2030年には85億人、2050年には97億人となり、2100年には109億人に達すると予測されている。人口の増加に加え、都市化の進展と途上国の所得水準の上昇が、食肉への需要を大幅に高めると予想される。

 しかし、畜産は環境への負荷が大きく、増加する人口をまかなうほどの大規模な増産はサステナブルでない。よく牛肉1kgの生産に11kgの穀物が必要などと言われるように、畜産は大量の飼料を必要とし、農地の拡大圧力にもつながる。環境的な生産効率が低いのである。

 たとえば「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services: IPBES)」が2019年5月に公表した「グローバル評価レポート」によれば、現在100万の生物種が絶滅の危機に瀕しているという。その最大の原因は土地利用及び海域利用の変化であり、これに直接的な採取や捕獲、気候変動、汚染、外来種の侵入が続く。

 土地利用の変化には都市開発なども含まれるが、農地の開拓圧力も生物多様性を脅かしている。実際、2019年にアマゾンの森林火災が大規模化し、畜産等を目的にした農地転換が背景にあるとして、投資家グループが懸念を表明したことは記憶に新しい(2)。

 また「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change : IPCC)」が2019年8月に公表した気候変動と土地に関する特別報告書によれば、農業、林業及びその他の土地利用は、2007から2016 年における世界の人為的なCO2 排出量の約13%、メタン(CH4)の約 44%、一酸化二窒素 (N2O)の約82%を占める排出源となり、温室効果ガス全体では人為的排出量の約23%に相当したという。農地に投入される肥料もN2Oの原因となるし、水田もメタンを放出するが、畜産も主要な排出源の1つである。

 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization : FAO)は2013年に「家畜を通した気候変動への挑戦」と題した報告書を公表し、2005年時点で畜産に関わるサプライチェーンからCO2換算7.1ギガトンの温室効果ガスの排出があり、世界の人為的温室効果ガス排出量の14.5%に相当したとの試算を示している。中でも牛の影響が大きく、餌を食べる時の反芻行動から大量のメタンが出ている。アマゾンで起きたような農地転換に伴う森林破壊も併せて考えると、畜産の気候変動への影響は大きい。

 加えて、本コラムでも以前に取り上げたように、畜産における抗生物質の大量利用が薬剤耐性菌を生むリスクも懸念されている(3)。人口の増加が食肉の増産圧力を高めれば、このように生物多様性や気候変動、薬剤耐性菌など、さまざまなリスクを高めることになる。人口の増加自体は避けられないので、環境への負荷を下げながら、食料需要を賄う必要があるのである。

 アメリカのビヨンド・ミートインポッシブル・フーズをはじめとして、植物由来の人工肉の企業が伸びている背景にもこのような事情がある。動物から採取した細胞を培養してつくる培養肉の研究も進んでいる。昆虫食はそれらと並ぶ選択肢の1つと言えるだろう。2013年にはFAOが「食べられる虫」と題した研究報告も公表し、昆虫食推進の論陣を張った。この報告書によれば、昆虫食はタンパク質、ビタミン、ミネラルなどが豊富で栄養価が高く、飼育に伴う環境負荷が小さく、貧困地域での雇用創出にもつながる。世界では食べられる昆虫として1900種以上が知られており、20億人が日常的に昆虫を食べているという。昆虫食は食料問題の解決策の1つとして真剣に議論されているのである。

3.昆虫食をどう売るか

 飯島研究室は「INSECTA2019」でもう1つ、「食品の嗜好によってセグメンテーションした昆虫食のターゲットマーケテイング」と題した研究成果を発表している。この研究では因子分析とクラスター分析によって、対象となった972人の学生を「保守的」「予算重視」「健康志向」「好奇心旺盛」という4つのセグメントに分類した。さらにコンジョイント分析の結果から、この4つのセグメントのうち「健康志向」と「好奇心旺盛」のグループは価格への反応が低く、昆虫食の潜在的ターゲットになり得ること、特に「健康志向」のグループはオーガニック、自然食品などのうたい文句に反応しやすいことを明らかにした。

 そう言われて、改めて「コオロギのゴーフレット」に入っていたパンフレットを見てみると、「タンパク質含有率が65%で牛肉よりずっと高タンパク」「不整脈や動脈硬化を予防するオメガ3脂肪酸、オメガ6脂肪酸が豊富」などの説明が書かれている。昆虫食は健康食であるらしい。

 なるほど、昆虫食について誰もが同じ嗜好をもっているわけではない。受け入れやすい人にターゲットを絞って売ればよい。それによって一定の市場を確保できれば、事業として成立するということだろう。

 何も全員が昆虫を食べる必要はないし、おそらく肉食を完全に止める必要もないだろう。環境負荷が過大にならないように、肉食の一定程度が置き換わればよいのである。ただし意味のある程度に置き換わる必要がある。そのためにはマーケティングが重要になるし、これが特殊な体験ではなく、抵抗感のない普通の食材になる必要がある。

 このように考えてくると、既存の食品企業や外食業、小売業も、いずれは昆虫食や人工肉、培養肉などに対する姿勢を問われることになるのではないか。早めに検討しておくことをお勧めしたい。

cricket2

<注>
(1)「コオロギのゴーフレット」は2020年2月末時点では高崎駅前土産物売り場「群馬いろは」にて販売されている。詳しくはFuturenaut合同会社のHPを参照されたい。

(2)アマゾンの森林火災に関しては、2019年10月2日付コラム「水口教授のESG通信:アマゾンはなぜ燃えるのか―ポピュリズムとESGを考える」を参照されたい。

(3)工場的畜産と薬剤耐性菌の問題は、2018年7月31日付コラム「水口教授のESG津伸:ポスト抗生物質時代の黙示録-欧州投資家が注目する食品問題」で取り上げた。また、2019年10月24日付コラム「水口教授のESG通信:PRI in Person 2019参加報告」でも一部言及している。

<謝辞>
本コラム執筆にあたって、高崎経済大学地域政策学部の飯島明宏教授から貴重な資料の提供を頂いた。記して謝意を表したい。


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛