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 英国のスチュワードシップ・コードが改訂された。

 それがどうした、日本に関係ないだろう。そう思うだろうか。たしかに、日本企業に直接影響するわけではない。だが、たとえそうだとしても、この改訂には注目する価値がある。改訂の内容が、「スチュワードシップとは何か」という本質的な論点を提起するものだったからである。おりしも日本のスチュワードシップ・コードも改訂の最中である。2019年10月2日には最初の有識者検討会が開催された。日本の改訂がどこまで踏み込んだものになるかは別にして、英国での改訂を見ながら、スチュワードシップとは何なのか、改めて考えてみることにしたい。

1. 何が変わったのか

 2019年10月24日、英国の財務報告評議会(Financial Reporting Council: FRC)が「英国スチュワードシップ・コード2020(The UK Stewardship Code 2020)」を公表した。英国では、2012年版以来の改訂である。

 新コードは2020年1月1日から効力を持つ。FRCによれば、新コードの署名機関となるためには、過去12か月の間にどのようにコードを適用してきたかを説明したスチュワードシップ・レポートを作成する必要がある。新コードの最初の署名機関リストに掲載されるためには、2021年3月31日までにFRCにレポートを提出しなければならない。つまり、2012年版の署名が自動継続されるわけではない。それだけ大幅な変更だということである。

 それでは、2012年版とどこが変わったのか。目に見えるわかりやすい変化は、原則の数である。2012年版は7原則だったが、2020年版は12原則になった。表1に英国の2012年版と2020年版、それに日本の2017年版の原則を対比して示した。

 これを見ると、日本の現在のスチュワードシップ・コードが英国の2012年版をモデルにしていることが、改めてよくわかる。これに対して英国の2020年版は、構成自体が大きく変更された。まずコードを、アセットオーナー・アセットマネージャー向けとサービスプロバイダー向けに分けた。後者の原則は6項目だが、前者の原則は12項目である。この12原則は「目的とガバナンス」「投資アプローチ」「エンゲージメント」「権利と責任の行使」の4つの内容に分かれている。また、各原則に「期待される報告内容(reporting expectations)」が示されている。これはスチュワードシップ・レポートに記載することが期待される事項である。

 2012年版のコードの中核は、投資先企業のモニタリング、エンゲージメントの強化(escalate)、協働エンゲージメント、議決権行使などであった。これらの内容は、2020年版では「エンゲージメント」と「権利と責任の行使」に分類された原則9から原則12が対応している。つまり2012年版の内容は基本的に引き継がれている。これに対して2020年版の「目的とガバナンス」「投資アプローチ」に含まれる原則は、原則3の利益相反の管理を除いて、新たに追加された内容である。これらが追加された理由を考えていくと、スチュワードシップという概念の変化に行き着く。スチュワードシップの定義が拡張されているのである。どういうことだろうか。節を改めて見ていこう。

2. スチュワードシップ概念の変化

 今回の「英国スチュワードシップ・コード2020」は、「はじめに(Introduction)」の冒頭にスチュワードシップの定義を示している。それは、以下のようなものである。

Stewardship is the responsible allocation, management and oversight of capital to create long-term value for clients and beneficiaries leading to sustainable benefits for the economy, the environment and society.

(スチュワードシップとは、顧客と受益者のために長期的な価値を創造するための、資本の責任ある配分、マネジメント、監視であり、それは経済、環境、社会にサステナブルな便益をもたらすものである。)

 この定義にはいくつか論点がある。「leading to」以下の部分も議論になるところだが、それについては後で述べることにして、まず書き出しの「Stewardship is the responsible allocation, management and oversight of capital」という箇所に注目したい。スチュワードシップとは「資本の責任ある配分、マネジメント、監視」だというのである。これは2012年版からの大幅な拡張である。

 2012年版では、スチュワードシップとは「資本の最終的な提供者も豊かにするような方法で、企業の長期的な成功を促進することを目的にする」とされていた。そして具体的な活動について、こう記していた。「(スチュワードシップ活動は)単に議決権行使だけではない。投資先企業の戦略、パフォーマンス、リスク、資本構成、文化や報酬も含むコーポレートガバナンスなどの問題に関するモニタリングとエンゲージメントも含まれる」。つまり2012年版でのスチュワードシップ活動の焦点は、モニタリングやエンゲージメントを通じて投資先企業のガバナンスに関与することにあったのである。

 その背景を2012年版は次のように説明している。上場企業におけるスチュワードシップ責任は取締役会と投資家によって分担される。経営を監督する第一義的な責任は取締役会にあり、投資家は取締役会にその責任を遂行させる上で重要な役割を果たす。コーポレートガバナンス・コードが取締役会の有効性を支える原則を明らかにしたので、スチュワードシップ・コードは投資家による効果的なスチュワードシップのための原則を示すのである。ガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードは車の両輪だという言い方は、ここから来ている。

 これに対して2020年版では、投資先企業とのエンゲージメントだけでなく、その前提となる資本の配分、つまり売買も含むあらゆる投資判断へと範囲が拡張している。当然、対象となる資産も上場株式に限られず、債券や不動産などあらゆる資産クラスへと広がることになる。この点について「はじめに」では、こう書かれている。「最初のスチュワードシップ・コード公表以来、投資市場は大きく変化し、債券、不動産、インフラストラクチャーなど、上場株式以外の資産への投資も大きく成長した。これらの投資は、いずれも条件や投資期間、権利、責任などが異なる。署名機関はそのような環境の中でいかに効果的にスチュワードシップ活動を行うか考慮する必要がある」。「目的とガバナンス」や「投資アプローチ」などに含まれる原則が追加された背景もここにある。

 スチュワードとはもともとは執事や管財人の意味なので、スチュワードシップを「他人から預かった財産を、責任をもって管理すること」と広く捉えれば、上場株式だけでなく、あらゆる運用へと視野が広がるのは自然なことかもしれない。しかし、スチュワードシップが「他人の財産を責任をもって管理すること」だとすると、それは受託者責任とどう違うのか。

 受託者責任は法的義務である。したがって、わざわざ言わなくても、すべての受託者はその義務を負う。その上でさらにスチュワードシップ・コードに署名するということは、受託者責任を超えた、何らかの責任を自ら引き受ける、ということを意味するはずだ。その責任とは何か。2012年版までは、それは、「短期的に売買するのでなく、ガバナンスにしっかり関わること」だと理解されていた。では、2020年版はどうか。2012年版の焦点が「ESG」の「G」にあったとすれば、2020年版は「E」や「S」へと責任範囲を広げようとした。そういうことではないだろうか。

 そのことが、先に述べた定義の中の「leading to」以下の部分に表れている。そこで最後に、2020年版が環境と社会に言及した部分に目を向けてみたい。

3. ESGの考慮と受託者責任

 2020年版の公表に先立ち、2019年1月にドラフトが公表され、パブリックコメントが行われた。実はドラフト段階では、スチュワードシップの定義はやや異なっていた。当初の定義は次のようなものだったのである。

Stewardship is the responsible allocation and management of capital across the institutional investment community to create sustainable value for beneficiaries, the economy and society

(スチュワードシップとは、受益者、経済、社会にとって持続可能な価値を創造するための、機関投資家コミュニティ全体にわたる資本の責任ある配分とマネジメントである)

 このドラフト版と2020年版との最も重要な違いは、「to create」以下の部分、「創造するのは誰にとっての価値なのか」という点である。ドラフト版では「sustainable value for beneficiaries, the economy and society」、つまり「受益者、経済、社会にとっての持続的な価値」とされていた(注1)。

 この点は相当議論になったようである。2020年版の公表を報じるIPE誌の記事は、「私たちはこの議論で何か月も行ったり来たりした」という関係者の声を伝えている(注2)。102件あったコメントのほとんどが定義に言及していたという。明らかな責任範囲の拡大であり、潜在的に受託者責任と対立するとの指摘もあったようだ。受益者にとっての価値と社会にとっての価値が必ず一致するとは限らないという立場からの意見であろう。一方、回答者の3分の1は「経済と社会を考慮することは受託者責任を適切に果たすために必要なことだ」とコメントしたという。

 最終的にこの部分は、2020年版では「long-term value for clients and beneficiaries」、つまり「顧客と受益者にとっての長期的な価値」という表現に変更された。その代わり、「leading to sustainable benefits for the economy, the environment and society」という修飾が付け加わることになった。追求するのは顧客と受益者にとっての価値だが、それは経済、環境、社会にとっての便益をもたらすものだというのである。

 この微妙な言い回しについて、先のIPE誌は、「あるアセットオーナーは若干の失望を表明したが、『FRCは思慮深い妥協点を見つけようと努力し、現実的な解決策に落ち着いた』と述べた」と伝えている。

 このようにドラフト段階から見てみると、改訂で意図したことがよくわかる。スチュワードとして引き受けるべき責任の範囲を、受益者の利益に加え、社会や経済全体への影響の考慮にまで広げようとしたということだろう。そして最終的な文言は、現在の受託者責任と矛盾しないぎりぎりのところに納まった。このことは、具体的な原則の本文にも表れている。

 2012年版では、環境や社会の要素はスチュワードシップ活動を強化する場合の例の1つとして挙げられていただけだが、2020年版では原則7で、投資アプローチとしてESGのインテグレーションを明示した。

Principle 7 Signatories systematically integrate stewardship and investment, including material environmental, social and governance issues, and climate change, to fulfil their responsibilities.

原則7 署名機関は自らの責任を果たすために、気候変動や重要なESG課題も含めて、スチュワードシップと投資を体系的に統合(integrate)する。

 また、原則4では、システミックリスクへの対応を求めている。

Principle 4 Signatories identify and respond to market-wide and systemic risks to promote a well-functioning financial system.

原則4 署名機関はよく機能する金融システムを促進するため、市場規模で広がるシステミックなリスクを特定し、対応する。

 そしてシステミックリスクの例として気候変動をあげている。システミックリスクにきちんと対応することは、投資成果が市場全体の動向に左右されるユニバーサルオーナーならば、合理的な行動だ。その効果は協調する投資家が多いほど大きく、その恩恵はすべての投資家に及ぶ。それゆえ、責任ある投資家ならば、誰もが、投資家コミュニティ共通の利益のために行動すべきでないか。それが、英国スチュワードシップ・コード2020からのメッセージのように思えるのである。
 

<注>
1)当初から、受益者及び社会と並んで、環境ではなく、経済(the economy)があげられている点にも注目したい。環境という要素はパブリックコメントをへて加わった。受益者への言及は別途あるのだから、この「経済」は、個別のリスク・リターンの意味ではない。経済全体という意味である。世界的に低金利が続き、製造業中心の産業構造から、雇用吸収力の低いIT産業中心へと移る中で、私たちはどのような経済を目指すのか。少子化で地方が衰退していく日本も他人事ではない。この面でも投資家の構想力と手腕が問われていると言えるだろう。

2)‘FRC reworks stewardship definition in more demanding Code,’ IPE, 24 October 2019

 

表1 英国及び日本のスチュワードシップ・コードの概要

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出所:各スチュワードシップ・コードを基に筆者作成
 


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛