2020年4月1日、国連気候変動枠組み条約事務局は、11月に英国グラスゴーで予定していたCOP26の延期を決定した。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が原因だ。開催までに相当な準備を要する会議なので、各国が感染症への対応に忙殺される中では妥当な判断だろう。だが、新型コロナウイルスに関心が集中するあまり、それ以外の課題への懸念が忘れられることが怖い。

本稿執筆時点(4月2日)で見れば、新型コロナウイルスによる世界の被害は本当に悲惨な状況だ。だが、過去を振り返れば、どんな感染症もいつか必ず収束する。だから、本当に重要なことは、今回の騒ぎから、それが収束した後の世界のために何を学ぶか、ということではないだろうか。そこで新型コロナウイルスの視点から気候変動問題を考えてみたい。

 

1.新型コロナウイルスと気候変動の類似と相違

両者には似ている点と違う点がある。まず似ているのは、どちらもグローバルな課題だという点だ。人命に甚大な影響が及ぶ点も共通である。その影響の大きさが見通せない点も似ている。気候変動の場合、豪雨、洪水、森林火災などでの直接的な人命への被害だけでなく、食糧危機や気候難民なども考えれば、その影響ははるかに大きい可能性がある。

経済活動への影響の仕方も似ている。新型コロナウイルスは、武漢をはじめ各地での工場の操業停止などで部品等の供給が止まった。活動自粛の影響で需要の減少も顕著となった。気候変動による自然災害も、今後さらに頻発すれば供給と需要の両面で経済活動の制約要因となる。いわゆる物理的リスクである。

違いは、スピードと、そのわかりやすさである。ウイルスが原因で死者が出ているという構造はとてもわかりやすい。一日、また一日と、感染者数や死亡者数が急増するグラフを見れば、当然、対策を最優先することになる。実際、経済に痛みの伴う対策が取られているではないか。お金より命が大事、と普通は思う。

気候変動もいまや緊急事態と言ってよい状況で、一年、また一年と悪化しているように思われるが、ウイルスほどのスピード感はない。温室効果ガスが気候変動を招くという構造は明確だが、発電や輸送に伴うCO2と、豪雨や洪水の死者との関係は見えにくい。そのためか、対策に向かう危機感が違う。もちろん経済活動への影響とのバランスを考える必要があるが、そのバランスは、新型コロナウイルスへの対策に比べ、気候変動への対策は明らかに既存の経済維持の側に傾いている。

たとえば日本は、2030年までの温室効果ガスの削減目標を含む国別目標(Nationally Determined Contributions, NDC) を、一切の引き上げを行わないまま国連気候変動枠組み条約事務局に再提出することを決めた。だがウイルスを恐れるのに気候変動を恐れないのは不合理だ。新型コロナウイルス対策でここまで思い切った施策が取れるなら、気候変動問題にも、それに匹敵する切迫感をもって対応すべきではないだろうか。

 

2.新型コロナウイルス対策モードの経済

新型コロナウイルス対策には副産物もあった。テレワークは一気に進んだ。移動が減って、その分CO2排出も減ったのではないか。遠隔医療や遠隔授業の試みも始まった。これまで、医療資源や教育資源の少なさが地方の弱みだったが、遠隔医療や遠隔授業ができて、テレワークもできるなら、地方に住みたい人も増えるのではないか。

いざというときに中小・中堅企業の資金繰りを支える地域金融の必要性や、その公共的な性質にも改めて注目が集まった。十分ではないかもしれないが、休暇取得支援や休業時の補償などの支援策も導入された。市場原理を補完することで社会の安定を図る考え方の芽となるかもしれない。

いずれ新型コロナウイルスの収束にめどがついたら、私たちは傷んだ経済の再生に向かわなければならない。そのとき、単にそれ以前の経済をそのまま再現するのではなく、新型コロナウイルス対策から生まれた良い側面を上手く引き継ぎたい。今回の災いを奇貨として、よりサステナブルな社会にならなければ、これほどの代償を払った意味がないではないか。

 

covid

 

(関連URL)
UNFCCC, “COP26 Postponed” (1 April 2020) https://unfccc.int/news/cop26-postponed 
環境省「『日本のNDC(国が決定する貢献)」の地球温暖化対策推進本部決定について』」(2020年3月30日)https://www.env.go.jp/press/107941.html 


QUICK ESG研究所 特別研究員 水口剛